第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
しのぶさんが目を伏せたままゆっくりと頷いてくれる。
「…賛成…したくはないんですけどね。」
「結婚式できなくてごめんなさい。その代わりいつか来るカナヲちゃんの結婚を二人で楽しみにしましょう?」
「…ほの花さんだって…男の人は宇髄さんだけじゃないですよ。」
いつでも見守っていてくれたしのぶさんだからこそこんな口裏合わせを頼むのは申し訳ない。
でも、鬼殺隊のためと言うところで了承せざるを得なかったのだろう。
彼女の理性を優先させる聡明さは本当に頭が下がる。
「いえ。私は…宇髄さんと約束したので彼以外の人とは結婚しません。」
「え…?!な、何も其処まで義理立てしなくても…!」
「義理立てじゃないです。彼の記憶を勝手に消しておいて其れを忘れて違う人と添い遂げる気にはなりません。」
そんな気は起こらない。
彼以外の人とどうにかなりたいだなんて思ったらいけないし、ならない。
私は彼の想いを乱暴に踏み躙ったのだから。
「ほの花さん…」
「しのぶさん、忘れ薬を準備しました。これを明日宇髄さん達に飲んでもらいます。翌日には効いているでしょうから私は彼の"ただの継子"に戻ります。」
しのぶさんは何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上その話を続けたら迷いが生じそうだったから自ら切った。
ただ別れるだけならそれでもよかったかもしれない。でも今回は違う。
私は自らの手で彼を遠ざけるのだから罪は重い。
「…分かりました。薬は確実に効くんですか?」
「私が幼い頃に飲んだことがあるので間違いありません。」
その薬のせいで記憶は曖昧で思い出せないことも多々ある。珠世さんの言っていたことは本当だ。飲めば二度と思い出さない。
「他の柱には私から伝えておきましょう。彼が怪しまないように最善を尽くします。」
やはりしのぶさんに協力を依頼してよかった。
他の柱の人に伝えてくれるならきっと百人力だろう。
きっとうまくいく。
あとは私が彼らに上手く薬を飲ませられれば終了だ。
翌日は花火大会が控えていた。
私と宇髄さんの恋人としての最後の日。
笑顔で終わりたい。
煉獄さんが教えてくれたじゃないか。宇髄さんは私の笑顔が何より好きだと言っていたと。
だったら最後まで笑顔で彼と共に過ごそう。