第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
ほの花さんはカナヲと同期で、炭治郎くんたちとも仲良しなので最近よくここにやってくる。
私が炭治郎くんたちのことを頼んだからと言うこともあるから蝶屋敷にいることに違和感は全くない。
今日も彼らの誰かに会いにきたのだろうと思って、屋敷の中で声をかければ真っ直ぐな視線で私を射抜き「お話があるんです」と言ってきた。
その顔があまりに真剣でただならぬ内容なのだと言うことだけが分かる。
彼女とは共有している秘密がたくさんあるので人払いをすると部屋の中に招き入れた。
すると、澱みなく発せられたその言葉に私は目を見開いた。
──宇髄さんの中の"恋人の私"の記憶を消そうと思っています
その言葉を聞いても最初、何のことを言っているのか分からなかった。
頭の中で何度も反芻させて漸く理解するとその内容の重さに絶句した。
悲しそうに笑うほの花さんを見れば、それが望んでやろうとしていることではないことぐらいすぐに察しがついた。
私に言うくらいだから宇髄さん本人は知らないだろう。
動揺で狼狽する中、ほの花さんに理由を問えば至極真っ当な答えが返ってきて返す言葉もなかった。
彼女の言っていることは物凄く正論だからだ。
鬼舞辻無惨を倒すために鬼殺隊の柱として十二鬼月の殲滅は必須。
鬼殺隊の隊士不足は深刻だし、煉獄さんが亡くなったことで柱の穴も埋められていない。
そして何より納得せざるを得なかったのは、宇髄さんが彼女を守るためならば簡単に命を懸けるという危うさだ。
それを他でもないほの花さん自身が危惧していたのだろう。
そのために自ら犠牲になろうと言うのか。
自分の幸せを自ら捨てると言うのか。
賛成も反対もできない自分がひどく情けない。
柱としてならば賛成せざるを得ないが、彼女の友人としては反対したい。
宇髄さんの隣で笑う彼女が一番幸せそうで可愛くて輝いて見えたからだ。
でも、こちらの困惑を理解しているようでほの花さんは苦笑いをしてため息を吐いた。
「…恋人の私は終わりにしたいんです。お願いします。」
懇願するように溢れ落ちた言葉に目頭が熱くなった。
どれほどツラい決断か。
今まで近くで二人を見てきたからこそ痛いほどよく分かる。