第7章 君は陽だまり
昨日の今日で何かが劇的に変わるとは思っていないが、あまりにも変わらない日常に不満を感じるのは致し方ないだろ。
好きな女が隣にいて、触れられる関係性(になったはず)で、一緒に暮らしてるのにまだ口づけすらしていない自分は全人類の中で一番我慢強いと思う。
ほの花は大体午後は一日置きくらいに胡蝶の家に遊びに行くので玄関にいたほの花の腰を引き寄せると後ろから抱きしめてやる。抵抗はしないが、カチコチに固まって動かなくなるほの花の初心さが可愛すぎていじめたくなってしまう。
「なぁ、ほの花ちゃんー。一体今日はどこ行くわけ。」
「ふぇ!!え、いや、その…!!う、…産屋敷様のところに…。」
「ああ、そうか。」
ほの花の傍にある大荷物を見ると今日がお館様に薬を調合する日だと思い出す。お館様の薬の調合は大切な仕事だから快く送り出したいところだが、言わないといけないことはある。
抱きしめたまま髪をかき上げてやるとほの花にだけ聞こえる大きさで問いかける。
「…使うなよ?わかってんな?」
「わ、かって、ます。使いません!」
「なら良し。気をつけて行ってこいよ。」
体を離してやると真っ赤な顔をしてこちらを見上げるほの花が随分と色気たっぷりで変な気分になってしまう。
だが、そんなことを素直に暴露してしまうとどうなるのか分かってなかった。
「おい、その顔で俺のこと見んな。押し倒すぞ。」
「え、あ、え?!あわわ。え、あ、…!?!?」
「…いや、俺が悪かった…、揶揄いすぎた。ごめんって…、落ち着け。」
可哀想なほど真っ赤な顔で二の句をつけずに狼狽えて涙目になるほの花。
そんな顔をされたら余計に加虐心が燃えてしまい、そのまま口付けて部屋に連れ込みたくなるが、そんなことをこの生娘にしてみろ。
下手したら一生残る心の傷になっちまう。
大切にすると決めている以上迂闊に手を出すことも憚られるなんて告白する前は考えもしなかった。
カチコチのまま変な動きをしながら家を出て行ったほの花に別の意味で心配になったが、後ろ姿に買ってやった花飾りが目に入ると勝手に目尻が下がってくる。
俺も随分と腑抜けになったもんだ。