第31章 忍び寄る終焉※
空を見上げると段々と陽が落ちてきてもう1時間ほどで花火も始まるだろうという頃。
「お茶ですよー」と言う声と共に入ってきたほの花を見遣れば、大きなお盆に八人分の湯呑みを乗せている。
もちろんほの花は鍛錬を積んでいるのだからそれくらい軽いものだと思うが、つい心配になってしまうのは愛おしい女だから。
すぐに立ち上がってそれを受け取るといつもと違う茶の香りがした。
「ん?茶葉替えたのか?」
「うん!この前、おじさんにおすすめされて買ったんだけど、うっかり出すの忘れてたから淹れてみた!味見したけど美味しかったよ〜!」
「へぇ、そいつは楽しみだな。そんで、そのジジイに何もされてねぇよな?」
俺の心配性は止まることを知らない。
声をかけられやすい親しみやすさを醸し出しているとは言え、買い物のたびに誰かしらに何かを勧められているほの花。
もちろん断る術も持ち合わせているのだが、邪な気持ちでコイツに声をかけたのではないかと確認するのも俺の仕事だと思っている。
「されるわけないじゃん!大丈夫!」
ほの花はそう言ってるけど、心配が尽きないのはコイツが魅力的な女で、それに気付きもしない彼女の鈍感さのせいだ。
「皆さーん、お茶持ってきました〜!新しい茶葉にしたので是非飲んで下さい〜!」
ほの花が淹れてくれたお茶は確かにいつものよりも少し苦味を感じたが、これはこれで美味しかったし、西瓜が甘かったのでちょうどいい塩梅だった。
陽もだいぶ落ちてきたので、それを飲み干すと花火大会の会場に向かって八人揃って家を出た。
こんな風に八人揃って出かけることなんて初めてのことだ。
隣を歩くほの花の腰をこれでもかと引き寄せると「歩きにくい〜」と文句を垂れてくるが意に解さない。
何なら抱き上げて歩いてやってもいいと思っているのだ。
これくらいで根を上げるならば早々に俺の腕の中で収まってくれればいいと思っていたから。
でも、"歩きにくい"と言いながらも俺の腰に手を回してなんとか歩いているほの花に満足そうに口角を上げる。
煉獄の慰霊が目的に加わったけど、楽しみにしていた花火大会に行けることは俺たちのささやかな楽しみ。
当たり前の日常などない。
一日を大切に生きろと煉獄が教えてくれた。