第30章 "初めて"をください※
「はぁ…わぁーった。ありがとよ。」
「いえいえ。ほの花様のこと、そんなに細かく気にしてあげなくても宇髄様のことを好きなのは変わりませんからお気になさらず。」
「……は?」
「あれ?違いました?てっきり宇髄様のことだからほの花様のことを気にかけ過ぎて過保護になってるのかと…?」
間違っちゃいねぇが、俺はそんなに分かりやすいのか?いや、隠してないから別にいいのだけど。
此処に来た時からずっと変わらない笑顔を向けている彼らに苦笑いを浮かべると手を上げてその場から立ち去った。
好きな女の家族はもうこの世にいない。
だけど、家族のようなアイツらが俺のことを認めて助け舟を出してくれるのは本当に助かる。
そうでなければ知り得ないことはたくさんあると思うからだ。
履物を脱ぎ、縁側から自分の部屋に入るとほの花がぼーっとしたまま起き上がっていた。
「お、もう起きたのかよ?」
「…てんげん…。」
俺の声を聞いて振り向いた彼女の顔は不安げに瞳が揺れていてギョッとしてしまう。
慌ててそばに駆け寄れば、すぐに腰に抱きついてきたほの花を抱き止める。
「どうした?怖い夢でも見たか。」
そう問えば俺の腹部に顔を埋めたままふるふると頭を振って否定をする。
表情は窺い知れないが、かろうじて泣いてはいなさそうだ。
「じゃあどうした?どこか痛いか?」
次の問いかけにも同じように反応するほの花に首を傾げたまま彼女の頭を撫でてやれば、蚊の鳴くような声が返ってきた。
「…天元、怒ってない…?」
「は?何でよ。怒ってねぇけど…?」
突然、俺が怒っているかどうかを確認してきたほの花の心臓がドクンと大きな音を立てたのが分かった。
何で緊張しているような音を立てているのかまったく分からないでいると、紡がれた言葉で漸く腑に落ちた。
「…私が…、せ、蝉くらいで大騒ぎしたから…呆れて嫌いになってない…?」
ああ、そう言うことか。
取り乱したことを気に病んでるのか。
確かにほの花があそこまで取り乱すことはないし、俺も少しばかり驚いたがそれで嫌いになるわけがない。
とんとんと背中を撫でてやると大きな音を立てて存在感を示している心臓を鎮めようと優しく撫で続けた。