第30章 "初めて"をください※
「なぁ、アイツの苦手なもの他に何かねぇの?今後のために聞かせろよ。」
蝉は間に合わなかったけど、どうせならばこれから起こりうる被害は未然に防いでやりたい。
なんだかんだでほの花とはまだ出会って一年も経っていない。
体は何度となく重ねたが、忙しくてちゃんと話せていないこともたくさんある。
知らないことなどたくさんあるはずだ。
「そうですねぇ…。あ、お化けが怖いですよ。」
「は…?お、おばけ…?」
大進が思い出したかのように言った一言で俺は固まった。
ちょっと待て。
それは所謂、幽霊とか怪談…のことを言っているのか?
陰陽師のくせに…いかんいかん。
いや、陰陽師だからこそわけのわからない真相が定かでないものが怖いのかもしれないが…。
「そうなんですよ。怪談話とか全然ダメで、幼子の時に怖すぎてちびったことがあって…!あっははは…!それ以来、兄君たちが面白がってよく話していましたよ。」
「おい、溺愛してたんじゃねぇのかよ!兄貴たちは!」
「してましたよ?自分達以外の人がほの花様を虐めると狂ったように叩きのめしてました。」
話を聞いていると兄貴たちは兄弟の中で唯一の妹を可愛がっていたとは思うが、おもちゃにもしていた気がしてならない。
俗に言う好きな子を虐めたくなる男子特有のアレな気もする。もちろん俺もその気持ちもわからなくはない。でも、ほの花に関しては甘さ全開すぎて鍛錬すら厳しくできないし、泣かれれば慌てふためいて脳内反省会を繰り広げる。
少しだけ羨ましい。
俺はまだ不安なのだろう。
ほの花が離れていってしまうのではないかと言う不安にいまだに取り憑かれている。
兄妹というのはいい。
血の繋がりは絶対的だし、多少喧嘩しても仲直りできる間柄だ。
だが、今の俺とほの花は"恋人同士"だ。
"婚約者"と口では言っていても儀式を執り行ったわけでもないし、口約束のようなもの。
仲違いすれば別れることも可能な状況下で迂闊な喧嘩は命取りだ。
夫婦の契りを結ぶまで俺はこのどうしようもない不安と闘うことになるのだろう。
良くも悪くも俺とほの花の関係は氷の上を歩いているような状況とあまり変わらない。
良ければすいすいと滑るように進む関係だが、一度溶け出せばその氷は脆くも崩れ去るのだ。