第30章 "初めて"をください※
「前に宇髄様には少しだけ話したことあると思うんですけど…。あの、兄君たちがボコボコにした少年の話。」
「へ…?!あー…それって、確か子ども同士の些細な喧嘩でほの花の兄貴たちが押しかけたっつーアレ?」
「そうですそうです。その時の喧嘩の理由が全身に捕まえた蝉を付けられたってことで…。」
「………あー…。」
全身に蝉を付けられたって何匹付けられたんだよ。そりゃ、ほの花でなくともトラウマになるわ。
アイツの兄貴達は死ぬほど過保護だと聞いていたから俺みたいに溺愛して見境ないのかと思いきや、怒りの原因は尤もで割とまともな気がした。
「泣きながら髪にまで蝉を付けて帰ってきた時は流石に我々も驚きました。でも…だからといってあそこまで殴る必要はないと思いますけどね…。」
「こちらは陰陽師当主の家の者であの里に神楽家に逆らえるものは居ませんでしたので。」
「それ以来、ほの花様は蝉を見るのも口するのも嫌になってしまわれて…。夏はまぁ大変ですよ。泣きながらしがみついてきて毎日出かけるにしても誰かがおぶって、その上から布をかけて…。」
「いや…でも、流石にそうなるわな…。全身に蝉付けられりゃ…子どもなら嫌な記憶として残るしな…。」
俺だって今、そいつが生きてるならボコボコにしてやりたいところだが、陰陽師の里の連中はこいつらを残して一人残らず殺されたと言う。
不憫な上に今どうこうできる問題でもないので余計に怒りが悶々とした。
「…ということは、今日蝉と戯れたんですか?」
にこやかに"蝉と遊んだのか?"と言わんばかりの正宗の台詞に顔を引き攣らせる。
そんなトラウマになってんなら戯れるわけがない。
「あー、俺がよ、知らなかったから。寝ちまったほの花を抱えて木陰で休んでたらその木の幹にいてさ、号泣よ。悪ぃことしたな。」
「あははっ!宇髄様は悪くないですよ。仕方ないことです。実はいまちょうど蝉避けの仕掛けをこの木につけていたんですよ。ほの花様が発狂する前に…と思いまして。」
手元にある網と薬剤を掲げて見せる三人に"なるほど"と頷いた。
あんな風に怖がるほの花は可愛いけど、トラウマがあるなら下手に揶揄ったりもできないわけで、苦虫を噛み潰したように肩をすくませた。