第30章 "初めて"をください※
断末魔の叫びを轟かせながら俺の胸で号泣しているほの花に開いた口が塞がらない。
キョトンとして彼女の体を支えているが、華奢な肩が本気で震えていたので、本気で怖いのだろう。
あんな蝉が。
たかが蝉だ。
それなのにこのビビりよう。
仕方なくほの花の体を抱き寄せたまま立ち上がると木陰から移動した。
太陽の位置からすれば小一時間は二人で寝ていたのだろう。
「ふぇ、っ、ご、ごわい…っ!」
「ほら、もういねぇから。大丈夫だ。俺がいるだろ?怖くねぇって。」
そういえば恐る恐る俺の肩越しに木の方を見つめるとそばにそいつらがいないことを確認しているが、今までで一番縋り付いてくるほの花に俺のにやけ顔は止まらない。
あんな山奥で育ったくせに蝉が怖い?
平気で鬼と対峙するくせに蝉が怖い?
どう考えても結びつかないそれ。
そして初めて知ったほの花の弱点。
この感覚はいつもどんなことでも嬉しいと言う思いしかない。
恋人としていても知らないことなどまだたくさんあるだろう。その"初めて"を知れると嬉しくて仕方ないのだ。
(……可愛すぎんだろ…、それは。反則だぜ…。)
あまりに普通の女が苦手とする物が怖いという意外性に拍子抜けしたと共にその姿が可愛くて仕方ない。
「な?もう近くにゃいねぇだろ?」
「…い、いないけど…!蝉の鳴き声する…!怖い…!またおしっこかけられる…!それにあの羽根の音むり…!!怖い怖い怖い怖い…!」
「そんなに蝉嫌いなのか。そりゃ悪かったな。」
知らなかったとはいえ、此処まで怖がるならこんなところで昼寝なんてさせなければ良かっただろうか?と若干申し訳なさを感じる。
しかし、肩に顔を埋めながらも首を大きく振るほの花はそのまま言葉を紡いでいく。
「て、てて、てんげんは、悪くない…!で、でも、抱っこして、お願い。いないところまで抱っこして連れてって。蝉爆弾落ちてたら失神しちゃう…!!」
「せ、蝉爆弾?何だそれ。」
「蝉爆弾は、蝉爆弾なの!!はやくーーー!!」
甘えん坊のほの花がすっかり病みつきになってる俺は此処ぞとばかりに体を抱きしめて彼女の温もりを堪能した。