第30章 "初めて"をください※
「ふわぁ…ねむー…。お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった…。」
「お前は餓鬼かよ。」
鰻屋を後にすると、急に大あくびをし出したほの花。まぁ、昨日も盛大に抱き潰したのだから眠いのは仕方ないのかも知れないが。
繋いだ手もすっかり熱くなっていて、眠くなっている証拠だ。
ぽやんと眠そうにしているほの花を見て、仕方なく少し寄り道をして行くことにした。
「おーい。大丈夫か?抱えてやろうか。」
「だいじょーぶ。あるけるもん。子どもじゃないんだよ?!ねむいくらいで歩けないわけないじゃん…。」
そうは言っても片方の手を繋ぎながらももう片方の手は俺の腕を掴んで寄りかかっている状態で、このまま歩きながら寝るんじゃないかと思うほど。
仕方なく手を離すと腰を引き寄せてやった。
「…天元、あったかいねぇ。」
「おー、そうかよ。お前も熱ぃけどな。」
「あったかいねぇ…」
「………。」
駄目だこりゃ。
仕方なく抱き上げてやるが、先ほどまでは"歩ける"と文句を言っていたくせに、いざ腕の中に収まると首に手を回してくる始末。
完全に寝に入る気満々だ。
まぁ、寄り道したかったところは目と鼻の先だ。
そのままの体勢で歩いていくと、目的地には5分ほどで到着する。
木が生い茂る其処は夏特有の強い陽射しを避けてくれる避暑地になっている。
ミーンミーン…と蝉が鳴いているのも夏らしくて、いよいよ夏が始まるのかと予見させる。
そんな中で一際大きな木の下に腰を下ろすとほの花を足の間に入れてやり、凭れさせてやる。
体勢が変わったと言うのに少しも起きないほの花は余程眠かったのだろう。
そう言われれば朝方までがっついて、情交をしていたことを思い出すとほの花のこの睡魔も納得できた。
スヤスヤと眠りについているほの花の後頭部に顔を埋めると薬湯の匂いよりも彼女本来の花の匂いが鼻腔に広がった。
やはりほの花の匂いは安心材料だ。
苛立っていても、荒ぶっていてもこの匂いを嗅げば落ち着くのだから不思議だ。
木陰は涼しくて過ごしやすい。しかも好いてる女を抱きしめている安心感から眠気などなかったのに途端に同じく睡魔に襲われるなんて思いもしなかった。
勝手に落ちてくる瞼と共に微睡に意識を手放した。