第30章 "初めて"をください※
ほの花を迎えに来ると、パタパタと笑顔でかけてくる彼女を見た瞬間勝手に目尻が下がってしまった。
ああ、やっぱり俺はほの花を捨て置くことなんてできない。
柱としての責任?
分かってる。
でも、好きな女一人守れなくて何が柱だ。
好きで好きでたまらない唯一無二の女も共に生きるために婚約者にしたのだ。
お飾りの婚約者ではない。
何を弱気になっていたのだ。
上弦だろうが何だろうが、いざと言うときは根性でコイツを守って自分も生きる。
それが男ってもんだろ。
それでこそ柱だ。
「俺もお前のことしか考えてねぇよ。…んじゃ、鰻でも食いに行こうぜ。腹減ったしよ。」
「わーい!鰻〜!!」
満面の笑みを向けてくれるほの花の手を繋ぐと蝶屋敷を出た。
こうやってのんびりと二人で出かけるなんてことは久しぶりだし、ひょっとしたらそう何回もないかもしれない。
だが、お館様はいまが好機と捉えているようだし、近い内に無惨との決戦が起こり得る可能性が高いように思う。
そうなったとき、自分達がどうなっているかは分からない。
だから今を後悔しないように生きなければ。
隣にいるほの花がこちらを覗き込むように見上げてくるので、艶々の髪に触れてみる。
「どうした?」
「天元、何かあった?」
「何か?何かって?」
「うーん。よくわかんないけど…何かあったのかなって思っただけ!無いなら大丈夫!気のせいかも!」
どきりと胸が跳ねたのはバレていないと思うが、ほの花が俺の僅かな変化を感じ取ってくれていることはとても嬉しい。
だけども、こんなことをバレるわけにはいかないし、バレてしまえばほの花のことだからよからぬ事を考えてしまうだろう。
知らなくていい事だ。
「変な奴だなぁ?ん…、つーか何でお前ちょっと濡れてんの?」
彼女の髪に触れていると、髪が少し湿っていて着物も濡れてしまっていることに気づく。
ふわりと香るのは薬の匂い。
ほの花の部屋の物とはまた違った匂いだが、間違いなく彼女から香っている。
こんな陽気だ。風邪をひくことはないと思うが、なぜそんなことになったのか不思議で俺は首を傾げた。