第30章 "初めて"をください※
伊黒との打ち合わせは任務のことだったが、鬼の情報が少なくてもう少しだけ様子を見ることになった。
共同任務というわけではないが、担当地区が近いとたまに情報共有をすることがある。
今回の鬼の情報が俺の管轄の中でも伊黒の担当地区と近かったため、打合せをするという運びになった。
いざという時にお互い助け合うこともあるからだが、万が一大きな任務となった時、人手が足らないとなっても俺はほの花を駆り出さない気さえする。
そうなったら伊黒の手を借りなければならないこともあるかもしれない。
割と友好的な関係を築いてはいるつもりだが、ほの花が関わってくるならば余計にちゃんと頼んでおかなければいけない。
「じゃあ、上弦の鬼だったら応援頼むわ。」
「それは分かったが、お前は神楽とのことをもっと割り切れ。犬死にするぞ。お前みたいな奴でもいないよりはマシなんだ。」
「おいおい、辛辣だな。わかってるって。ほの花のこと割り切れたら苦労はしねぇよ。…善処はするが、期待はしないでくれ。」
ネチネチと嫌みを言ってくる伊黒だが、的を得ている分、強くも言い返せない。
これ以上、話し合うこともなかったので早々に立ち上がると「帰るわ」と言い、伊黒の屋敷を出た。
夏の日射しが突き刺さる暑い陽気に顔を顰めるが、太陽を見ると少しだけホッとする。こんな暑いのは御免だが、俺にとってほの花は太陽みたいな奴だから。
「…分かってるっつーの。割り切れるなら…最初からやってるわ。」
自分がこんなにも一人の女にのめり込むなんて思ってもいなかった。
恐らく伊黒もこんな俺を見るのは初めてのことで若干困惑しているのが見てとれた。
今更、ほの花への想いを自重しろと言われても無理な話だ。
たらりと垂れる汗はこの暑さによるものだが、まるでほの花への想いが溢れ出すようにも感じた。
いま考えても仕方ない。どっちみち答えは出ている。俺はほの花を守る。
それだけだ。
納得するように頭の中でそれを反芻させると、真っ直ぐ向かうのは蝶屋敷。
今すぐ、ほの花の顔が見たかった。