第30章 "初めて"をください※
先に動いたのはカナヲちゃんだった。
左手で湯呑みを持とうとしたところを上から蓋をするように手を置くと一番手前の湯呑みを勢いよく取った。
──バシャン
「………。」
「………。」
「「「「…………。」」」」
そう。湯呑みを先に取ったのは私なのに、勢いよく取りすぎてカナヲちゃんにかける前に自分に全部かかってしまった。
あまりに突然のことで私の顔からぽた、ぽた…と落ちていく雫は自分の着ていた着物にシミを作っていくが、込み上げてくるのは羞恥心よりも笑い。
どこの誰がこんな馬鹿な失敗をするのだろうか。いや、私か。
「…っ、あ、っ、ははっ!あはははっ!!
臨界点に達した笑いがこぼれ落ちて一人で笑ってしまったが、それに反応するかのように皆口々に笑い出してくれたのでお葬式のようだったそこは少しだけ明るさを取り戻す。
自分の失敗が役に立ったなら役得だが、冷たいし薬独特の匂いが身体中から漂っている。
「あははっ!ほの花、じ、自分でかけてどうするのさ!で、でも…大丈夫?」
「でも、水も滴る良い女だよねぇえええ?あああっ、可愛い、可愛いよぉぉお!」
「お前、馬鹿なのか?折角買ってたのにそれじゃ負けも同然だろ。間抜けな野郎だな。」
炭治郎達が笑いながら近寄ってくると、アオイちゃんが慌てた様子で手拭いをくれた。
「あーあ!ほの花ちゃん、はい!これ使って?」
「ありがとう!アオイちゃん。」
「あ、あの…ほの花ちゃん、大丈夫?」
すると、目の前にいたカナヲちゃんが心配そうな目を私に向けてくれるので笑顔を返す。
自分の失敗が原因だし、薬湯がかかったところで大したことない。
冷たくて薬草臭いくらい。
でも、自分は薬師だし、薬の匂いには慣れているので余計にどうってことない。
「ぜーんぜん!大丈夫!でも、勝負はカナヲちゃんの勝ちだね。また明日挑んでもいい?楽しいねぇ!この訓練!」
訓練自体は続けていけば楽しいばかりではないが、同期のみんなも切磋琢磨しながら訓練するのは共同合宿みたいで楽しい。
一人で訓練を楽しんでしまったようで炭治郎達からは引き攣った笑いを向けられてしまったが本当に楽しいのだから仕方ないことだ。