第30章 "初めて"をください※
(あ…この匂い…。)
善逸が鬼の形相で俺たちに凄んできたのはつい数分前のこと。女の子と楽しい回復機能訓練をしていたと誤解をされて不本意な罵詈雑言を受けたが、俺から伊之助に標的が移ったことでふわりと香ってきた匂いにあたりを見渡した。
それは昨日も嗅いだ優しく穏やかな花の匂い。
(…ほの花だ。)
そう。それはほの花の匂いなのだが、姿形は目視できないでいる。…ということはどこかで隠れているのだろうか?
数歩足を踏み出して、キョロキョロと見渡してみると壁に寄りかかって空を見上げているほの花が目に入った。
「ほの花?」
「…え、あ…!炭治郎…!」
「どうしたの?そんなところでコソコソと。」
「あ、いや…お、終わった?」
善逸がいる方を指差しながら苦笑いをするほの花に、一連の流れを見て口を出さないほうがいいと思ったようで此処に待機していたのだろう。
いや、できれば入ってきて欲しかった。
そうすれば善逸の怒りは数秒で治ったことだろう。
「あー…ま、まだ…かな?ごめんね。遊びに来てくれたのか?」
「あ、うん!宇髄さんが遊びに行っていいって言ってくれたから。」
照れながらそう言って笑うほの花だけど、先ほどと匂いが変わったことに気付いた。
花の匂いは変わらないのに、もっと甘くて暖かいそれは嗅いだことがある。
あの柱合会議で音柱と呼ばれた人からも同じような甘い匂いがしたから覚えていたのだ。
(やっぱり二人は恋人同士なんだなぁ。同じ匂いがするや。)
普段のほの花はどちらかといえば可愛らしい魅力がいっぱいの女の子。
でも、今のほの花は頬を赤らめて大人の女性の色香を漂わせていて、宇髄さんが彼女を見初めた理由が何となく分かる。
「そっか!じゃあ一緒に行こう!ほの花も見学していってよ!…でも、すごい情けないところしか見られないけど…。」
女の子に負けっぱなしでちっとも良いところはないけど、ほの花はそんなことで茶化したり笑ったりしない人。だから、遠慮なく醜態を晒せるのだ。
しかし、手招きをしたことで自分の後ろをついてきてくれたほの花を見て再び善逸が雄叫びをあげたのは言うまでもない。