第29章 停戦協定※
嫉妬の所有印に溢れたほの花の体に申し訳程度にかけられただけの着物。
まずはこれを着させないと。仮にも彼女は病み上がりなのだ。座ったままのほの花に着物に袖を通させて整えてやると、涙目の彼女が勢いよく飛びついてきた。
静かに涙を流しながらも、私の腰から手を離さないほの花にため息を吐きながらもそのままにしてあげることにした。
そういえば朝、ほの花の存在に少なからず救われたのは間違い無くて、借りをしたままだと気持ちが悪い。
だから慰めてあげようと思ったのはその贖罪だ。大した意図はない。そう言い聞かせると涙が止まるまでそばに居続けた。
何かを喋ったりはしていない。ただその場にいただけ。
しかし、数分後しゃくり上げながらも少しだけ体を離したほの花が涙目で御礼を言ってきたので潔く離れると懐にしまっていた手拭いを差し出した。
「手で擦らないの。明日真っ赤に腫れ上がるわよ。これ使いなさい。」
「…う…、ッ…瑠璃さんが、やざじぃぃぃつ…。うれじい…!ひっく、うぇええええん…。」
「あああっ、鬱陶しい!泣くな!泣き止みなさい!」
折角止まった涙が再び溢れ出してきて、顔を覆って泣き始めたほの花に苦言を呈するが、恋敵なのに優しさを出してしまった私も私だ。
大嫌いな女の筈なのに、どうも今日の朝くらいから昨日までの憎悪を持てずにいる。
それどころか手のかかる妹の面倒を見ているような感覚さえある。
目の前でしくしくと渡した手拭いで涙を拭ってはいるが、悲しそうに口をへの字に曲げて震えているほの花を見れば、放っておけない自分がいた。
「…ズ…ッ、ありがとう、ございます。」
「一体…どういう状況なのよ。これは…。」
天元でなければ強姦されたと言ってもおかしくないほどの状況だ。
投げ出された白い脚にすらところどころ紅い華が散っていて、天元の凄まじい嫉妬が其処彼処に溢れている。
私の言葉に呼吸を整えると、言葉を紡ごうとしているほの花は視線を彷徨わせた。
「…宇髄さんの逆鱗に、触れたみたいなんです、けど…理由が分からなくて…、もっと怒らせちゃって…。っ…ひ、っく…」
やっとのこと絞り出した言葉には困惑と悲しみが伝わってくるが、やはりただの痴話喧嘩だと苦笑いを浮かべる。