第28章 無欲と深愛※
宇髄さんが夕飯を食べるために出て行くとすぐに壁に何かを打ち付けるみたいな音がした。
解毒剤が効いて、お腹がいっぱいになったことでうっかり失念していたが、瑠璃さんとのことは決着がついたわけではない。
しかも、恐らく…宇髄さんは私が毒を飲んだことに気付いている。
そしてそれが瑠璃さんと関係していることも。
そうと分かれば…、いまの音は不安を煽る音だ。
慌てて布団から飛び起きると、立ちあがろうと足に力を入れる…が、やはり毒がまだ体中に回っているのだろう。フラフラする体は立ち上がることもできずにそのまま布団に逆戻り。
「…っ、い、急がないといけないのに…!」
思うように立ち上がれなかったため、這うように襖まで行き、そこを開けると自分の部屋に向かった。
それなのに自分の部屋…いや、今は瑠璃さんの部屋には誰もいなくて、あの音が此処よりも遠い居間から聞こえてきたことがわかる。
この屋敷は広い。
隣の音なら漏れ聞こえることはあるが、遠くの部屋からの物音はあまり気にしたことがないほど分からない。
だからこそ、隣から聴こえたと思ったのに…。
それならば余程宇髄さんの鬱憤が溜まっているのかもしれない。急がなければ瑠璃さんが殺されてしまう。
そう考えると這っていた体に叱咤激励をして、何とか立ち上がる。
慣れ親しんだ部屋はすっかり瑠璃さんの匂いが染み付いていて、自分の家具がないだけで知らない家に来たみたいだ。
とりあえず、今は宇髄さんを止めなければ。
此処にいないなら直接食事に行ったのだろう。居間に向かうしかない。
部屋の襖を閉めようとした時、ふと壁に打ち付けられている物に釘付けになった。
薄紅色のお気に入りの膝掛けだ。
刀鍛冶の里には荷物を減らすために、泣く泣く置いていったもの。
それがズタボロに切り裂かれた状態で壁にクナイで打ちつけられていた。
宇髄さんにこれをもらってから何度となく町に行ったけど、同じ色目のものはほとんど見たことがない。それほど珍しい色なのだから大切にしようと思って普段使いすらしていなかった物。
それが…
見るも無惨な状態になっていて、悲しくて込み上げるものがあった。