第28章 無欲と深愛※
ほの花は人前で俺のことを名前で呼ばない。それは鬼殺隊の任務の時に呼んでしまうのを避けるため。
それなのに名前を呼び、尚且つ他の要因で先に瑠璃を叱責したことで完全に俺の出鼻は挫かれた。
恐らくそれが狙いだろう。
いつから聞いていたのだろうか。
耳は良いはずだが、怒りに取り憑かれて近くに来ていたことも気づかなかった。
それほど怒り心頭だった。
「…あの子に…毒を飲ませたのは間違いないわ。でも…、本当に殺すつもりはなかった。信じてもらえないとは思うけど。」
話を蒸し返したら殺されるかもしれない。でも、ちゃんと知って欲しかった。
天元にだけは。
天元にだけは誤解されたくなかった。
ただ…あなたを純粋に愛していたから。
強気な物言いしかしてこなかったから須磨たちが変な顔をしてこちらを見ているが、天元は頭をぽんと一度だけ撫でてくれた。
「…わかってる。頭に血が上ってやっちまったことくらい。だけどな、瑠璃。アイツは俺の大切な女なんだ。怒りでお前を殺しちまいそうなくらい愛しちまってる。もう昔には戻れない。」
「そう…。」
何でもっと早く納得できなかったんだろうか。
分かっていたことではないか。天元があの子を大切にしていたことくらい。
見たこともない優しい視線を向けて笑いかけていて、大切そうに腰を引き寄せて、壊れ物を扱うように触れていた。
それが悔しかった。
愛してたから悔しかった。
ただの嫉妬だ。
「…分かったわ。もうほの花に何もしないし、あなたのことは諦める。膝掛けは…明日買いに行ってくるって伝えて。」
「…ああ。」
すぐに部屋に戻るかと思いきや、冷めつつあった夕食の前に再び座ると黙々とそれを食べ始めた。
そういえば食事の前だったのか。
こちらを見ることもない天元に聞いてみたかったことを聞いてみることにした。
怖くて聞けなかったこと。
傷つきたくなかったから聞かなかったこと。
「…ねぇ、あの子がいなかったら…、私のこと愛してくれた?」
ピクっと反応はしてくれたけど、こちらを見ることなく食べすすめている天元に自嘲した。
この期に及んで何を言っているのだ。
あんな酷いことをした女を愛せるわけがない。
聞くならばその前に聞いておけばよかったのだ。
今となっては良い答えなど返ってきやしない。