第28章 無欲と深愛※
──ドゴッ
壁に己の拳がめり込む鈍い音が部屋の中に響くのと足音が聞こえたのはほぼ同時。
振り向いた先にいたのは、今会いたくなかった人物で、無意識に奥歯を噛み締めた。
その様子を見て正宗が「宇髄様。」と声をかけてきた。殺しそうな形相でもきていたのだろう。
あながち間違いでもない俺は必死に心を落ち着かせて行く。大丈夫だ。ほの花はただの風邪。
敢えて顔を見ずにほの花の元に戻ると正宗と交代した。
「…天元、帰ってきたのね。おかえり。」
「…ああ。」
落ち着け。まだコイツが何か関わってると決まったわけじゃない。
正宗ですら知らないのだ。
決めつけるのは間違っている。
間違ってるけど、第六感がコイツを敵視しろと言ってくる。
「朝から騒々しいわね。何かあったの?」
本当に知らぬ存ぜぬってことか?
それとも隠してんのか?
どっちだ。
ほの花が夜中に外にいる理由は何だ?
布団から出ていた手を握ろうとすると、彼女が何かを握りしめて居ることに気づく。
それをゆっくり開いてみると手の中には草。
草…だけど、ほの花が持っていると言うことは薬草なのだろう。
(…これを…取りに行ってた?)
わざわざ夜に薬草を取りに行くと言う理由が分からない。
今は休暇中の筈。
薬を作る必要などあるか?
「…帰ってきたら外でほの花が雨の中倒れてた。」
「ッ…え…?!」
簡潔に伝えた。
俺が今知っている状況をそのまま言葉にしただけ。
それなのに明らかに動揺して、こちらに近寄ってきた瑠璃に俺の心臓は煩く拍動した。
そして聴こえてくるのは目の前のほの花ではなく、俺の後ろにいる人物からだ。
それが誰のものなのか一目瞭然。
怒りを鎮めようにもどうしたらいいのかわからない。
無言で立ち上がると、後ろにいた瑠璃の胸ぐらを掴み上げた。
「…テメェ…、何かしたのか…?」
自分でも恐ろしいほど地を這うような声が出た。
震える体から怒りが噴き出しそうだ。
そうなれば確実にこの女の首を斬ってしまう。
そんな俺を目の前にしても、視線を合わせようとしないことでこの女が関与したことを安易に感じさせる。
「歯ァ、食いしばれ…!」
「宇髄様!!」
止めに入ってきた正宗を気にもせずに拳を振り上げた時、ツンツンと着物の裾が引っ張られた。