第28章 無欲と深愛※
信じられないことが起きている。
あの毒を飲んでも普通に動ける人がいるの…?
悪夢でも見ているのだろうか?
それともほの花と言う女は神に愛されているのだろうか。
持って二日だろうと思っていたが、あろうことかその日の夜、普通に歩いているほの花。
顔色は悪かったが、いつもと変わらない。
もちろん食事の支度も、後片付けもしていた。それどころかあの三人に休暇を取ってもらうと言っていたこともあり、積極的に家事をしている。
思わず声をかけてしまうほど、普通なほの花に私は恐怖すら感じた。
「…あ、あんた…大丈夫、なの?」
「何のことですか?」
「え…?」
「瑠璃さん、お風呂入ったらどうですか?お風呂あがりにお茶でも淹れますよ。」
何のことですか?と言うのは強がりだ。
そうに決まっている。
──だとしてもほの花が我慢しているのだとしたら何と言う強靭な精神力だ。
猛烈な体の怠さ
目眩
息苦しさ
その内、体を引き裂くような痛みも出てくるだろう。
高熱だって引き起こす。
それなのに何故平気な顔をしているのだろう。
ひょっとしてあの小瓶の中は間違えて水でも入れていたのか?
いや…そんな筈はない。
絶対毒を入れていた。
あれば敵の懐に潜入するときのために食べ物とかに少しずつ混ぜたりして使うもの。
あんな一気に飲んで無事であるはずが無い。
「…悪いけど、私…解毒剤なんて持ってないから…。」
「薬膳茶は如何ですか?苦いけど寝付きが良くなりますよ。あとでお持ち…、須磨さんに頼みますね。私の淹れたお茶など嫌でしょうし。では。おやすみなさい。」
にこやかに頭を下げるほの花の額には薄っすら汗が滲んでいた。
もう夏だ。それなりに暑い日が続いている。
夜はまだ熱帯夜と言うほどではないが、暑いのは変わらない。
きっと暑いからだ。
そう言い聞かせてしまうのは怖いから。
自分が始めたことなのに
まさかあの女がこんなにも度胸と覚悟のある女だとは思いもしなかったのだ。
今更後悔したところでやってしまったことは仕方ない。
それでも此処にいなければいけないことが生き地獄だと感じた。