第28章 無欲と深愛※
天元が仕事で暫く家を空けるというので見送ろうとしたら案の定断られる。そのかわり、ほの花とは今生の別れでもあるまいのに朝から鬱陶しいほどベタベタしていて気持ち悪いの何の。
こんなに情けない男だったろうか。
やはりあの女がいると、天元に悪影響しかない。それなのに誰もそれに気づいてない。
馬鹿ばかりだ。
ご機嫌取りに敷布を洗うからと部屋に来たほの花を無視して襖を閉めてやる。
そんなことくらいやって当たり前なのだ。
これ見よがしに家事をし出し、理解を求めるなど愚劣な考えとしか言いようがない。
去っていく足音を聴くと縁側に出てみる。
雲一つない良い天気なのに、此処に来てからというものずっと頭の中は曇天だ。
いや、違う。
天元に置いて行かれたあの時から私の心が晴れたことはない。
昔はもう少し話の通じる男だったのに。
最早見る影もない。
ボーッと縁側にいると、だいぶ時間が経っていたようで庭で敷布を干しているあの女が目に入って部屋の中に戻る。
視界に入れることすら苛ついて仕方ない。
私だってこんなに人を恨んだり、嫌ったりしたくない。
だが、止められないのだ。
どうしようもなく苛ついて仕方ないのだ。
何をされてもあの女を此処から追い出すと決めている。理解などしない。できるわけがない。
陰で隠密に生きてきた私と違い、光り輝く日向を悠然と歩いてきたあの女を見ると自分が惨めったらしく思えるのだ。
だから絶対に許さない。
天元だっていろんな苦汁を飲みながらも必死に生きてきたのだ。何の不自由もなく生きてきたであろうお嬢様には分かるはずもない。
せっかく視界から消して、ホッとしたのに縁側の襖をバンッと開けると「瑠璃さーん」と呼ばれた。
「は?!ちょっとあんた、勝手に入ってこないでよ!」
「あの買い物付き合ってくれませんか?」
「話聞いてたの?!」
「今日は私がご飯担当なんです。付き合ってくださいー。」
ぐいぐいと部屋の中に入ってくると、私の手を掴み、ずるずると玄関に引き摺られる。
その力が思ったよりもずっと強くて背中に汗が伝った。
でも、その表情は柔らかく笑ったまま、普段と変わらない様子に奥歯を噛み締めて睨みつけることしかできなかった。