第1章 はじまりは突然に
──産屋敷邸
あれから母が仕舞い込んでいた産屋敷邸への地図を見ながら探すこと早二時間。漸く着いた。
随分とわかりにくいところにある。
それが何故なのかこの時はよくわからなかったが、途中で鴉が一羽飛んできて道案内をしてきた時には4人で顔を見合わせて固まってしまう。
「…か、鴉って喋るの…?」
「里の鴉は…喋りません、でしたね…。」
私たちの歩幅に合わせるように木の枝に少しずつ飛び移り、待ってくれているその鴉は随分と頭が良い。
式神のようなものなのだろうか。陰陽道で式神を出して戦うことはあってもその場限りのもので、こうやって出し続けることはできない。
全国行脚していて分かっていたつもりだが自分の常識が通用しないことはたくさんあるようだ。
「コッチダ!ナカヘハイレ!」
「は、はい。ありがとうございます!」
何故鴉に敬語を使う必要があるのだ。
しかし、やけに高圧的なその鴉につい頭を下げて御礼を言ってしまう。
それと同時に産屋敷様という人物が物凄く変な人なのではないかという一抹の不安が過ぎる。
母は彼なら助けてくれると言ったが、本当にそうだろうか。
鴉を使いに寄越すような人だ。物凄く高慢な人なのかもしれない。客如きは鴉で十分だろうとでも思っているのかも…。
しかし、自分の両親はとても人を見る目があった気がする。そうでなければ私はこんなに何不自由もなく暮らせなかったはず。
神楽家と関わる全ての人は本当に良い人ばかりで恵まれた環境だった。
それもひとえに両親の人徳と彼らの鑑識眼によるものだろう。
鴉に促されて入ったそこは立派な庭だった。
そこだけ異世界にいるかのように荘厳な光景に息を呑む。
そして障子が開け放たれた部屋の外側にある回廊のようなところに立ってこちらを見ていた男性は柔らかく笑い、頭を下げてくれた。
その瞬間物凄い勢いで自分も頭を下げた。
何故だか分からないけどこの人が産屋敷様だと瞬間的に分かったから。