第26章 君の居ない時間※
今日で最後か。
まだ三日ほどあるとはいえ、コイツに会うためにわざわざ下に降りていくことは気恥ずかしいので本当に今回はこれで最後になるだろう。
「ちくんとしますよ」と言われて打ち込まれた予防接種とやらは大した痛みもなく終わったので、立ち上がり鍛冶場に向かう。
副反応がどうのと言うことで十五分間は様子を見るとか言って家の中に居座る奴らを尻目に舞扇を取りに行く。
ここ数日、ほの花には本当に世話になったから少しばかり礼を尽くそうと俺なりに考えた。
恋人がいる女に贈り物をすると返り討ちに遭う可能性も無きにしも非ず。
相手は柱だ。しかもとびっきりの独占欲の強さと来た。
一溜りもなく殺される可能性だってあるが、流石の俺もそれは御免被るというものだ。
綺麗に研ぎ終えた舞扇は装いを変え、アイツの手元に帰る。
戦いとは無縁と思えるような外見をしているが、その舞扇はあちこちに傷が付き、刃こぼれを起こしていた。それで鬼狩りをしていたことは明らか。
それなりに戦えるのは間違いない。
鍛冶場の台に置いてあったそれを持つと居間に戻り、何かを書いているほの花に向かって差し出した。
「あ…!舞扇…!ありがとうございます!…って、あれ…?」
筆を止めて一旦それを置くと、差し出した舞扇を受け取り、まじまじとそれを見る。
そりゃあ、そうだろう。
だけど、綺麗な外見をしているくせに、汗水垂らして人を救護する姿は本当に美しかった。
見たところそこまで洒落っ気に興味もなさそうな女。
武器となるものだが、少しくらい華やかな物にしてやってもいいだろうとこの俺が気を遣った。
本来刀匠はこんなことまでしない。
刀を作るのが仕事だからだ。
「わぁ…、綺麗な柄が彫ってある〜…!素敵…。あ、しかも根付まで…!良いんですか?こんなに素敵にして頂いて…。」
「これは礼だ。お飾りの武器ではないことは重々承知してるが、着飾ることはあまり興味なさそうだからな。持ち物くらいは華やかなものを持て。仮にも年頃の女なんだ。」
そこに付けた根付はアイツの髪についていた花飾りのように品のある花をあしらった。
金属で花を作ったことなんて生まれて初めてのこと。天才的に上手くいったので付けただけだが、顔を綻ばせるほの花を見たら作ってやって良かったと思えた。