第26章 君の居ない時間※
鋼鐡塚さんのスペイン風邪の症状は3日ほどで回復して、ついに予防接種も全ての患者様に打ち終わろうとしていた。
終わりが見えてきたことで産屋敷様と宇髄さんには手紙をしたためることにした。
自主隔離期間を経ても一ヶ月以内に戻れそうだ。
それを考えるだけで嬉しくて顔が無意識にニヤけてしまう。
(…宇髄さん、元気かな。)
この期間に気持ちが離れてしまうならそれでいいなんて思っていた私は本当に大馬鹿者だ。
彼は三日毎の定期郵便に必ず手紙をくれていた。
そしてどの手紙にも必ずと言って『ほの花、愛してる』と入れてくれる。
手紙だと言葉にせざるを得ないのだから、そうやって言葉にされると嬉しくてたまらない。
毎回"愛してる"のところだけ指でなぞってニヤけてしまうのもいつものこと。
彼の想いの強さを馬鹿にしていたわけではない。
疑っていたわけでもない。
それでもそう思っていたことを恥じなければならない。
しかも、当然のように毎回書が入れられているのは最早此処にいる男性への牽制目的なのだということも否が応でもわかると言うもの。
(…まぁ、結局牽制されるようなことは何もなかったけど。)
誰にも口説かれたわけでもないし、そもそも医療者と来ている以上、そんなことになるわけがないのだが、見ていなければ分からないのも肯けるので咎めることはできない。
今日は最後の鋼鐡塚さんの診療。
予防接種を打つために再び訪れている。
「少し痛いですが、すぐ済みます。」
「ああ。今日は随分、大所帯で来たな。」
ぞろぞろと正宗達を引き連れて来たのは診療所がある辺りには滅多に降りてこない鋼鐡塚さんにもうひょっとしたら会うこともないかもしれないからと思ってのこと。
「はい。もう三日ほどで帰宅の途に着くのでご挨拶をと思いまして。」
「そうか。世話になったな。待ってろ。舞扇は出来てるから後で持ってくる。」
「ありがとうございます!」
すっかり角が丸くなり、穏やかな普通の男性としか見えない彼は死生観でも変わったのだろうか。
そんなこと言おうものなら機嫌を損ねて元に戻ってしまうかもしれないから言わないけども。