第26章 君の居ない時間※
頭を下げていると、"ハァ…"というため息がきこえてきた。
ふと鋼鐡塚さんに目を向けると、作った朝食を前に手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めたところだった。
「…ん、美味い。分かったから頭上げろ。誰にもスケコマシだなんて言ったりしねぇし、ほの花が後ろ指差されるようなことも言わない。約束する。」
「…鋼鐡塚様…!恩に着ます…!」
茶碗に入れた粥を啜りながらもその目はこちらを見ていた。
そこまで見られると咎められているような気がして目を逸らしそうになったが、そのまま言葉をかけられた。
「あんたも大変だな。立ち回るのも骨が折れるだろ。」
「…え?」
それもまさかの労いの言葉だ。
流石の自分も驚いて固まってしまった。昨日、此処で追い返そうとした同一人物には見えなくて眉間に皺を寄せる。
「感謝…してんだよ。ほの花には。命の恩人だ。だからアイツが悪く言われるようなことは言わない。それだけだ。」
「鋼鐡塚様…。」
「…ほの花はあんたのことを信頼して此処に寄越したんだろ。だから俺もあんたらのことを信用する。飯は美味いし、治るまで宜しく頼む。」
昔からほの花様の凄いところは"昨日の敵は今日の友"を体現しているかのようにこうやって人をたらし込むところだと思う。
天真爛漫で人の懐に入るのも上手いし、ニコニコとよく笑い、悲しければ泣き、怒り…。
たまに男心が分かっていなくてヤキモキさせるが、底なしに優しくて慈悲深い彼女は人たらしだと断言できる。
偏屈だと鉄珍様さえ言っていたのに、鋼鐡塚様を手懐けているような気がしてならない。
そんなこと言おうものならまた怒り狂う気もするが…。
「ありがとう、ございます。助かります。」
ホッと胸を撫で下ろすと、気を取り直してほの花様から預かった薬を追加で食事の横に置いていくが、露骨に嫌そうな顔をする鋼鐡塚様に首を傾げた。
「ほの花のことも薬師として信用してるけど、その薬苦すぎだろ。味の工夫しろって伝えとけ。…飲むけど。」
「あー、ハハ…。本人も自覚してますので…。」
相変わらず、薬の効果と苦さは比例していているほの花様の薬はある意味苦行の一つだろう。