第26章 君の居ない時間※
お釜からお米の炊ける良い匂いがしてきたので、漢語記録を付ける手を止めて台所に向かった。
蓋を開けてみるとツヤツヤのご飯が炊けていて思わず顔を緩ませた。
よく手を洗い、消毒をして、再び手を濡らしてから塩をつけてご飯を握っていく。
おにぎりを握るのは久しぶりだ。
無一郎くんとの任務依頼だろうか。
その前はたまに宇髄さんにお弁当を作っていたが、任務や薬師の仕事が忙しくて作らなくなってしまった。…というより宇髄さんに止められたのだが。
帰ったら久しぶりに彼に何か作るのもいいな。
でも、帰ればまた任務と仕事に忙殺されてそんな時間はないかもしれない。
刀鍛冶の里へは派遣されて来たとは言え、全体的に感染者が減った今、やることも少ないからこそできることだ。
まぁ、宇髄さんは今のまま雛鶴さん達のごはんで満足してるかもしれないし、私が食べてほしいという欲望があるだけだが。
時間を作って、彼のご飯を作ってもまた心配させてしまうだけなので、それよりも帰ったら宇髄さんとの時間を大切にしなければ。
何も具材がないので致し方なく、塩むすびを二つ作ると残りのご飯をお櫃に詰めて蓋をした。
「鋼鐡塚さん、お粥でなくて申し訳ないのですが、おにぎりを作っておきましたので、食べてからこの薬を飲んでください。私は一度帰りますね。」
お盆におにぎりと調合したばかりの薬を添えて彼の枕元に置く。
そろそろ診療所に顔を出さなければ、正宗たちが血相を変えて此処まで来てしまうかもしれない。
広げていた薬箱を仕舞い始めると鋼鐡塚さんが声をかけて来た。
「…悪ぃけどまだ舞扇は渡せそうにねぇ。」
そう言ってバツの悪そうな顔をする彼に笑顔を返す。
「何言ってるんですか。早く良くなると良いですね。また診療所の業務が終わったら様子を見に来ますが、その前に看護を交代しますね。」
「俺のことは良い。診療所の患者を優先してくれ。我儘で此処にいるのは分かってるつもりだ。」
いつもの威勢の良さはどこへやら。
すっかり大人しくなってしまった彼だけど、「またあとで〜。」と笑って取り合わない。
患者様が望む治療方針を実現するのも医療者のあるべき姿なのだから。