第26章 君の居ない時間※
少しだけ息が上がってきたところで見えて来たのは鋼鐡塚さんの家。
玄関まで到着すると、少しだけ息を整えて扉を叩いた。
「鋼鐡塚さん?神楽です。様子を見にきました。すぐに帰るので顔だけ見せてください。」
そう、無事なのを確認できればそれだけでもいい。
しかし、返事はない。
嫌な予感で背中に冷や汗が伝う。
いや、まだ分からない。寝ているだけかもしれない。
もう一度、今度は先ほどより強めにトントンと扉を叩いて「鋼鐡塚さん!!こんばんは!!」と声をかけた。
宇髄さんほどの耳の良さが有れば、中の物音くらいすぐに聞き分けられると言うのに耳を澄ませても全く分からない。
仕方なく扉に手をかけると昼間と同じで鍵はかかっておらず、すんなりと開いたそれ。
中を覗いて見ると明かりが付いていなかったが、ちょうど雲間から見えた月明かりが差し込んできて部屋の中を照らした。
そこには居間に倒れ込んだ鋼鐡塚さんの姿。
寝ているのではない。明らかに倒れたと言う様子に私はすぐに駆け寄った。
「鋼鐡塚さん!!しっかりして下さい!?」
そもそも熱があるのに家の中でもひょっとこのお面を付けてる必要はない。
診療所では患者さんは全員外してもらっていた。
私は慌ててそのお面を外すと、見るのは二度目の彼の顔。
しかし、顔面は蒼白なのに顔中汗まみれ。
揺すっても揺すっても微動だにしないその姿に全身に汗が噴き出した。
まただ。
口元に手を添えると空気の流れを感じない。
「っ、鋼鐡塚さん!息して…!!」
体は未だ温かい。
呼吸が止まったとしてもほんの今だろう。
背中の下に板を敷くとそのまま胸部に両手を置き、心臓マッサージを始める。
(…1 2 3 4 5……)
頭の中で数を数えながら胸部を押すこと30回。
今度は顎を上げて空気を一度入れる。
救えなかった命もある。
医療とは万能ではないからだ。産屋敷様のように治せない病もあるし、寿命もあるし、大怪我も治せないこともある。
でも、消えそうな灯だとしても最後の最後まで全力を尽くすのが医療者だ。
そこに少しの躊躇いがあってはいけない。
私は薬師なのだから。
(1 2 3 4…)
私は無我夢中で蘇生を続けた。
彼の息が吹き返すまで。