第26章 君の居ない時間※
「っ、はぁ、っごほ…っ!はぁ、はぁ…」
それは突然だった。
夢中になって蘇生を試みていた私は急に息を吹き返した鋼鐡塚さんに驚いてビクッと肩を震わせた。
(…完全に無意識だった…)
没頭しすぎるのは悪い癖だ。
あまりに没頭してたからうっかり患者さんの意識確認もしていなかった。
荒い息を繰り返してはいるが、何とか蘇生した鋼鐡塚さんにホッとした私は慌ててアドレナリンを投与するために点滴を始める。
点滴を吊り下げるものが無いが、長押に無理やり掛けて何とか輸液が入っていくのを確認する。
するとゆっくりと目を開けた彼が私の姿を捉えて驚いた顔をした。
「…ん、…はぁ…はぁ…お、まえ…、なぜ、ここに…?」
「鋼鐡塚さん…!良かった…。気が付きました?!」
そりゃあそうだ。
追い返した女が勝手に入り込んでいるのだ。
彼からしたら不法侵入もいいところだろう。
しかし、今回だけは大目に見てほしい。
まさか彼が死にたいと思っていたわけでもあるまいし、不法侵入自体は誉められたものでは無いが、怒られるようなことはしていない筈だ。
「勝手に入ってごめんなさい。…嫌な予感がして来てみたら此処で倒れていたんです。呼吸も止まってました。もう大丈夫ですよ。点滴をしていますので。」
吊り下げた点滴を指差して笑顔をむけて見る。
口元は見えないが恐らく目元は見えているので分かってもらえるだろう。
初めて見た素顔の鋼鐡塚さんはそんな私を見て少しだけ笑ってくれたけど、「やっぱ変な女…」と悪口を口にした。
そんな彼がいつもと同じで酷く安心した。
先日死なせてしまった患者さんのことがあったのでまだドキドキと心臓は煩いが、ぼーっとしてはいるものの目を開いて言葉を口にしただけでも随分と違う。
「解熱剤と…あと抗菌薬も入れますのでゆっくり寝て下さい。大丈夫です。必ず助けますから。」
"大丈夫です"とは自分に向けて言っているようなにも感じた。
大丈夫、もう誰も死なせない。
大丈夫、私の処置は間違ってない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
震える手を胸元に寄せるとカサッという音が聞こえる。
それが何なのか見なくても分かる。
(…触るな、俺の女…宇髄天元…、だ。)
その瞬間、体から少しだけ力が抜けた。
まるで彼にだきしめられているときのように。