第26章 君の居ない時間※
「では…、此処に薬を置いておきますが…。薬は万能ではありません。あくまで対症療法に過ぎませんから。スペイン風邪を甘く見てはいけません。急に悪化することもあるので十分注意してください。失礼します。」
「ああ。治ったらこの舞扇を持っていくから心配するな。」
「…はい。ありがとうございます。」
全く肺の音とかも聴かせてくれなかったし、熱も結局何度なのか分からない。
こんなことは本当は駄目かもしれないけど、問診だけで処方したようなものだ。
体格から大体の量で調合はしたけど、本来それも如何なものか。
宇髄さんの恋人だと言うことが知れ渡っていたことに気を取られ過ぎて今更ながらもう少し説得すべきだったかと後悔が押し寄せる。
後ろ髪を引かれながらも家の外に出れば、正宗が待っていてくれた。
「ほの花様…、鋼鐡塚様は?」
「うん…、一応四日分調合はしたけど、心配だから明日も来た方がいいかも…。」
「そうですね…。罹患してるのは間違いないのであればその方が良さそうですね。」
二人で下山するために山を下るが、どうも嫌な予感しかしなくてため息が止まらない。
やはり胸の音だけでも聴いた方がよかっただろうか。明日は最悪の事態を考えて点滴類も全部持って彼の家を訪れよう。
どの道、今日の薬箱の内容では重症患者を診察するには事足りない。
何とか自分を納得させるとそのまま診療所に向かって歩いていく。
未だこの里は不要不急の外出は禁止されているので道を歩けば私たちの土を踏み締める音しか聴こえない。
確かに感染者は飛躍的に減って、予防接種も始まっているのだから直に終息はするだろう。
スペイン風邪の全容も見えて来たから重症化する人もその前に食い止めることができる。
しかし、それはあくまで二十四時間体制の看護の下でだ。
必要な医療を受けていなければ必ず悪化する。
そこまでわかっていて何故私はこの時引き返さなかったのだろうか。
もう二度と目の前で人が死ぬのは嫌だとあれだけ思っていたくせに。
そんな嫌な気分の中、じめっとした暑さの中、生ぬるい風が吹き抜けて行った。