第26章 君の居ない時間※
「柱の威厳だぁ?…何だよ、恋人なのは嘘なのか?」
「え…?いや、それは…本当です、けど。」
「それなら別に噂が広がっても困らねぇだろ。何言ってんだ、お前。相変わらず変な女だな。」
「な、へ、変なって…?!あ、あなたにだけは言われたくありません!!」
確かに俺は変わり者だとは自負しているが、この女は音柱の恋人だということをあまり人に言わないでほしいと言う。
柱の威厳がどうのと言うが、そもそもそんなことを気にする男があんなに夥しいほどの所有印を付けるわけがない。
もう既に痕は消えてしまっているだろうが、消えたことすら気にしていそうだと考えるのが普通で、どちらかと言えば周りの人間にこの女を自分の女だと知らしめたいに決まっている。
どうもこの女は男心を少しも理解していないようだ。話したこともない男だが、柱ということはそれ相応の強さを誇っている筈なのに一人の女に振り回されてるなんざ若干不憫に思う。
「…まぁ、いい。薬はできたのか?」
「まだですけど…。」
「さっさとやって出て行け。お前だって移る可能性はあるんだろ?」
「そう思うんなら診療所に来てもらいたいんですけど。」
「断る。」
三日前に急に体が熱くて、風邪のような症状が出始めた。
持っていた風邪薬は飲んだが、あまり効果がないのか熱がずっと続いていた。
体は怠いわ、咳も出るわ、鼻は垂れるわ。
体調は最悪だ。
症状的にこの里に蔓延している流行病だとすぐに分かるが、普段滅多に風邪などひかないのだから薬の蓄えなどない。
そんな時にこの女が此処を訪れたのは不幸中の幸いだ。
ここ数日は刀を研ぐことも出来ずに横になっていたが、薬をもらえればなんとかできそうだ。
診療所に来いとしきりに行ってくるこの女だが、それこそ御免被る。
診療所に行けば他の患者もいるだろうし、自分の好きな時間に好きなことをできないことが何より苦痛だ。
だったら此処にいて自然に治るのを待てばいいだろうとたかを括っていた。
大したことない。
タダの風邪だ。
感染力が強いってだけで言うほど死者は出ていないと言うことで俺は完全に舐めていたのだ。