第26章 君の居ない時間※
「き、北に一本入ったところにある店に行ってみろ。割とたくさん売ってて甘露寺もよく行ってるらしい。」
「へぇ、甘露寺もおすすめなら間違いねぇな。ありがとよ。」
「お前、手紙とか書くような男だったのか?」
「ん?いや?ほの花が初めてだけど?」
驚いたように目を見開く伊黒に「じゃあなー。」と別れを告げると言われた店に向かって歩き出す。
確かに俺は見た目からして手紙をマメに書くような人間には見えないのだろう。
実際そうだ。
目の前にほの花がいるとしたら文字にして想いを伝えるよりも、まずは温もりを感じたいから抱きしめたい。
言葉を文字にするよりも話したい。
だけど、それは会えていればの話だ。
今、俺のそばにはほの花はいない。
それどころかいつ帰ってくるのか分からない。
鎹鴉も飛ばせない。
そうなった時の連絡方法なんて手紙くらいのもので、消去法でいつも選ばないことでもほの花に想いを伝えられるならそれでも良かった。
文通なんてしたことないし、どんな感覚なのかも知らない。
でも、大変なところに行っているほの花が返事を書けるような時間があるのかは分からない。
重荷にはなりたくないが、少しでもほの花の心の支えになれればという期待もあった。
離れていて役に立てない自分でも、隣にいる時は「好きだ」と言うだけで本当に嬉しそうに笑うほの花。
それならば、文字にしてみても喜んでくれるだろうか。
忙しい中でも俺のことを思い出して、ホッとできるだろうか。
恋人とはそう言う存在だと思う。
俺がほの花がいるだけでホッと一息つけるように。
ほの花も俺のことを思い出した時だけでも肩の力が抜けるといい。
そんな期待を胸に抱きながら、伊黒に教えてもらった店で便箋を買うと真っ直ぐに屋敷に戻る。
本当ならば甘味の一つや二つ送ってやりたいところだが、感染対策という意味合いでそれがどうなのか俺には判断できないので泣く泣く諦める。
帰ってきたら鱈腹食べさせてやると約束しているのだから、それを待つしかなさそうだ。