第26章 君の居ない時間※
「正宗!この患者様はそろそろ軽症の部屋に戻しても良さそうだから午後からお願い。」
「承知しました。」
お一人の死者を出してしまってからほの花様の顔つきが全然違う。
いつもみたいの緩さは全くなく、ピリッとした緊張感が漂っていて、我々ですらふざけて声をかけられない。
勿論状況を見ればそうせざるを得なかったが、いつものほの花様のあの笑顔も無くなってしまった。
確かに仕事は真剣に取り組んでいて、あれ以来一人の死者も出しておらず、我々の中にも五日経った今も感染者は出ていない。
感染対策をしているのもあるとは思うが、此処まで感染者の中にいて、誰一人として罹患しないのは灯里様の予防接種が効いているとしか思えない。
声をかければいつも笑顔で「なーに?」と答えてくれるのにここ最近、ほの花様が笑っているのを見たことがない。
こんなこと今まで一度もなかったことで、三人の中でも不安が広がっていた。
「…どうしたんだろうな、ほの花様。ちっとも笑わないし、余裕もない。」
昼休憩を共にとっていた隆元が背中越しに話しかけてきた。感染対策のため、距離がある上に食事をする時は窓際で十分に換気ができるところで行う。
そう言うのも無理はないと思うが、こんなこと初めてのことでどうすることもできない自分にため息を吐いた。
「…宇髄様が居ればなぁ…。きっとお気持ちを汲んで下さってほの花様も少しは笑って下さるだろうけど…。」
隆元の言葉に声を発せずとも大きく頷いた。
彼ほどほの花様を想って下さる方はいない。どんなほの花様でも真綿に包むように優しく愛してくれている。
彼女に宇髄様は勿体ない!と言うような辛辣なことを言ってしまったが、お互い想い合っているのは分かっているし、宇髄様がほの花様を手放すことなんてこの先無いだろうと思う。
それほどまでに彼はほの花様を大切に大切にして下さっている。
そんな彼だからこそこの場にいれば、ほの花様の心に余裕を与えて下さることだろう。
でも、ぼんやりと考えていたことが翌日すぐに叶うことになるとはこの時は思いもしなかった。