第26章 君の居ない時間※
「薬師様…!本当に…、本当にありがとうございました!!」
棺を霊安室に戻して、全身を消毒して出てくると深々と頭を下げ、彼らが私を待っていた。
既に帰宅しているだろうと思っていたので驚いたが、一定の距離を取りながら私も頭を下げた。
「…いえ。医療者なのに…救えず申し訳ありませんでした。最善は尽くしたのですが…。」
「いいえ…!謝らないでください!薬師様には感謝しかありません。我々の我儘を聞き入れてくださりありがとうございました。父に最期のお別れが出来て…嬉しかったです。」
自分が正しかったとは思わないが、少なくとも彼らの心は救えたのかもしれない。
お父様な救えなかったけど、生きている人間の背中を押せたのであれば、こう言う救護も必要だったのでは無いかと思えた。
「…良かったです。帰ったら必ずうがい、手洗い、消毒をして下さいね。おやすみなさい。」
再び頭を下げると、漸く踵を返した彼らを見送り、家に入る。
私は昨日、鋼鐡塚さんに蘇生をしてもらったのに何と言うことを言ってしまったのだろうか。
彼の言う通りだ。
命がかかっているのに、口づけだなんだとイチャモンを付けて彼をケダモノ扱いした私は心底最低だ。
医療者としても人としても最低だ。
生きてるだけでありがたいじゃないか。
宇髄さんが私の貞操と命を天秤にかけた時、貞操を取るだなんて本気で思っていたのか?
いや、思っていなかったとしても、あの時私はそれで頭がいっぱいだった。
彼のことも侮辱していた。
琥太郎くんを助けに行った時もあんなにも"生きていなきゃ何の意味もない"と叱責してくれた彼が、そんなこと考えなくとも命を選んでくれるに決まっている。
正宗の言う通りだ。
彼に私は相応しくない。
情けなくて泣きたくなってきた。
それでも、此処に来たのは産屋敷様の命令。
薬師としてこの感染症を終息させると約束した。
ならば…不相応の私が少しでも彼と並んでいて恥ずかしくないように立派にそれをやり遂げよう。
そうでなければ本当に私はお飾りの継子で薬師だ。
無能なのにただ柱の寵愛を受けているだけの人間だと思われたくない。
そしてそんな人間を選んでくれた宇髄さんの見る目がないと…二度と言われたくない。