第26章 君の居ない時間※
御遺体の棺を診療所の前に置いたまま、彼らの到着を待つ間に、家の中にいた正宗と隆元に手伝いを頼むことにした。
「二人とももう一度防護服を着用してちょっとだけ手伝ってくれる?」
「「え…?」」
わけのわからないと言った顔をしているが、真剣な顔で頼めば顔を見合わせながらも頷き、すぐに準備をしてくれる。
こういう時、阿吽の呼吸のように彼らは私のやりたいことを優先して考えてくれるのは助かる。
自分だったら…って考えた。
もし、自分が彼らの立場なら?
お父様を感染症で亡くして、顔も見られずに荼毘に付されるって考えたら…確かにツラい。
せめて顔だけでも見たいと思う筈だ。
医療者として、薬師としては正しく無いかもしれない。
でも、これが私の答えだ。
診療所前に戻り、彼らを待っていると防護服を着用した正宗達との家族が到着したのはほぼ同時。
私と彼らの間には十五尺程度の距離。
そこから聞き取れる大きさの声で彼らに伝える。
「今からこの棺を開けます。お顔を…見てあげてください。」
「「ほ、本当ですか?!」」
「ただし…、帰ったら必ずうがい手洗いをして、全身を高濃度の酒で消毒して下さい。約束できますか?それ程までにこの感染症は感染力が強いのです。私も…医療者として…本来してはならないことをしています。それでも…自分があなた達の立場なら…、同じことを思ったと思うから…」
私の言葉に大きく頷いてくれたご家族は深々と頭を下げてくれる。
今夜も月が綺麗だ。
月明かりで死化粧をせずとも綺麗な顔を見ることができるだろう。
「…正宗、隆元。彼らをその家の二階に案内して。その真下に棺を動かします。上からのが綺麗に見えると思う。」
「「承知しました。」」
大きな棺だけど、それでも宇髄さんよりは小さく感じる。
六尺を超える大きな彼と比べたら亡くなった患者さんは小さいし、力を加えられているわけでも無いのですんなりと動くそれを家の真下まで持っていく。
そして二階の窓からご家族が顔を出すのを見計らい、棺を開けた。
あんなに苦しんで苦しんで亡くなられたのに今はとても穏やかで眠っているようだった。
近くで見ることも叶わない。
それでも窓からは啜り泣く声と、こんな私に感謝の言葉が降ってきた。
御礼を言われるようなことではない。
それでも彼らの言葉で少しだけ救われた。
