第26章 君の居ない時間※
一名の死者を出してしまったが、その日は他に誰も危篤にならず一日が終わろうとしていた。
迷いに迷い、私は朝方亡くなった患者の家族の家に来ていた。患者記録に住んでいるところが載っていたのでそれを頼りに来てみたのだが、今からやろうとしていることが正しいかどうかなんてわからない。
それでもやらずに後悔よりはやって後悔しようと思ってここまで来た。
もちろん自分が菌を保菌している可能性もあるため、防護服を身につけて口を覆う布は二重にして家の前まで来ると夜も更けているので極力小さめにコンコンと扉を叩いた。
もう寝ているかもしれない。それならそれでこのまま帰ろうと思っていた。
でも、数秒後に中から足音が聴こえて来たので顔を上げると少しだけ玄関から離れて待つ。
ほんの少しでも菌を撒き散らさないように私も必死だ。
──ガラッ
「…?!え、と……?あ!…く、薬師の方…?」
「はい。今朝は…申し訳ありませんでした。」
ここまで来てもまだ私は迷っている。
手探りの状態で、本来ならば感染対策的にはそのまま荼毘に付すのが正しい選択だ。
でも…
でも、それでは…この家族が前に進めないと言うなら…
生きている人の少しでも助けになるなら…
これも正しい選択なのかもしれない。
「……ご家族で感染対策を十分にして診療所の前の家に来てください。」
そのまま踵を返して走って診療所まで帰ってくると朝方亡くなった患者を棺にいれたまま、それを外に運び出していた。
これが正しいのか分からない。
正直、こんなことをして大丈夫かどうかも分からない。
それでも悲しみを抱えたままでは前に進めないかもしれないと感じたのだ。
本来ならば駄目だけど…。
前の家は私たちがお借りしている家。
その目の前まで来ると着ていた防護服を脱ぎ、新しいものに着替えて、彼らの到着を待つ。
この御遺体は明日には荼毘に付される。
今日の夜が最期の機会だ。
これを逃すと一生会えない。
だから私は今夜彼らに御遺体を会わせる。
それが私の薬師としての正義だと心に決まったからだ。