第26章 君の居ない時間※
──ちゃぷん
洗い場で体をしっかりと洗うと待ちに待った温泉に足をつける。
前に行った時は宇髄さんに抱き潰されたせいで、大浴場と言うところには行けなかった。
お部屋にお風呂がついているそこにしか入れなかったのだから初めての体験だ。
こんな大きな温泉は初めてで自然と顔は緩み、一日の疲れが溶けていくようだった。
まだ救護に来て一日目だけど、思ったよりもひょっとこのお面で感染対策がされているので終息に時間はかからないだろう。
「はぁー、気持ちいいー。」
もう少し奥に行ってみようとお湯に浸かりながら立ち膝で進んでみると、湯煙で見えないがちゃぷん…という音が聞こえた。
そういえば正宗が"猿でも入っていそう"と言っていたけど、確かにその通りで山の中にあるこの温泉。
動物が浸かりに来ててもおかしくないだろう。
それならば挨拶をしておこうと音がした方にずんずんと向かう。
「…誰かな〜?お猿さんかなぁ?それとも…お猿さんかなぁ?」
お猿さん以外の選択肢が特に思い浮かばない私は誰かがいれば突っ込まれること間違いなしの発言をしながら進むと、湯煙の中に影を見つけた。
逃げられないように忍足で近寄ると勢いよく抱きついてみた。
「つーかまえた!!お猿さ……ん」
しかし、私が抱きついたそれは毛むくじゃらの動物のそれではなく、間違いなく人間の肌。
そして目が合ったその人は全く知らないが、性別上は間違いなく"男性"で、目を見開いて固まった後、大絶叫をしてしまった。
「えええええええ!?ぎゃああーーーーーーー!!!」
「こっちの台詞だ!突然入ってきたかと思ったら抱きついてきたのはそっちだろうが!誰が猿だ!!この変態女め!」
「な、な、な!しょ、初対面でへ!変態って…!」
咄嗟にお湯の中に体を沈めて見えないように隠すが、時すでに遅しだろう。恐らく私の体はこれにバッチリと見えてしまったことだろう。
お湯の温度ではなく完全に恥ずかしさからの顔の熱さだ。
しかし、そんな顔の熱さも忘れるようなことを彼が言うものだから今度は固まる羽目になってしまう。
「初対面じゃないだろ!さっきお前の舞扇預かったろうが!!!」
「…え?」
まさかそんなことがあるだろうか。
私はあろうことか自分の刀鍛冶と温泉に浸かってしまったのだ。