第26章 君の居ない時間※
「ねぇ、鉄珍様が前の家を使って良いって。あと十時以降は人払いをしてあるから温泉入っていいよって。」
「それはありがたいですね。ほの花様お先にどうぞ行ってきてください。我々は此処で休憩していますので。」
「うーん、いや、私は後でいいよ。先に今日の看護記録付けちゃいたいの。温泉入ったら眠くなっちゃいそうだから。」
温かくなると眠気が襲ってくるのは仕方ないと思うが、今回に関しては一分一秒が惜しい。
今日も彼らと交代して患者さんの状態に変化がないか寝ずの看病が必要だろう。重症患者が多いのだから当たり前だ。
しかし、そんな私の気持ちを理解してくれたようで、前の家に荷物だけ置くと三人で先に温泉に行ってくれた。
温泉に来るのは二度目のこと。
初めては宇髄さんと恋仲になってすぐのことだった。
陰陽師の里に薬草を取りに行った帰り道に初めて連れて行ってくれたのが温泉で、凄く嬉しかったなぁ…。
そう言えば、予防接種のアンプルもあの時持って帰ってきたんだ。
あの時はスペイン風邪なんて流行らないかもしれないし、必要ないと思うけど…程度の感覚。
でも、今思えばあの時持って帰ってきてよかった。
宇髄さんが一緒に来てくれたから思ったよりもたくさん持ち帰ることができたし、本当に彼には感謝しかない。
今日の看護記録の記入を終えると、ふと空を見上げてみた。
綺麗な月と満天の星がまるで降ってくるかのように輝いている。
何処にいたって空は繋がっているから…。
この空を宇髄さんも見ていたらいいなぁ。
そう考えると、今日の夜寝ることもそこまで寂しくないと感じられる。
ひょっとしたら私なんかいなくても元奥様達と楽しくやってるかもしれないけど、それならそれでいい。私はその時の流れに身を任せよう。
看護記録を棚にしまうと寝ている患者さんの夜間の見回りを始めることにした。これが終わる頃には正宗達が帰ってきていることだろう。
そうしたら思いっきり足を伸ばして温泉に浸かろう。
その時だけは宇髄さんを思い出して、宇髄さんを想ってもいいよね。
今日の疲れを流すとともに彼のことを心ゆくままに想いたい。