第26章 君の居ない時間※
診療所に連れて行ってくれると言う御付きの人に連れられて部屋を出る直前に、鉄珍様に先ほどのひょっとこ男さんのことを聞いてみることにした。
「あ、と…すみません!鉄珍様に一つお聞きしたいことが…!」
「聞きたいこと?何だ?何でも聞いてええぞ。ほの花ちゃん、可愛いからな。」
あれ。何だ?この人と話していると話の論点がズレそうだぞ。
私は必死に自分の意思を取り戻すと鉄珍様に向き合った。
「あ、あはは…。あの、こちらで昔、舞扇の日輪刀を作って頂いたのですが、それを作って下さった方のお名前か住んでる場所とかお分かりになりませんか?」
「ああ、そうか!君が舞扇の子か。いやぁ、珍しい依頼だったからワシもよう覚えとる。それなら蛍に頼んだ覚えがある。鋼鐡塚蛍や。」
「……ほ、蛍…ちゃん?え?女性…ですか?」
「いや?男だ。ワシが名付け親だ。可愛いだろ?可愛すぎ言うて罵倒されたけどな。」
あ、なんか…うん。
あの人かもしれない。
一瞬、あまりに可愛らしい名前だから違う人かもしれないと思ったけど、あの横暴な感じはせっかく名前を決めてくれた名付け親も罵倒しそうだ…と妙に納得するともう一度鉄珍様を見つめる。
「あの、此処に来るまでにお会いしたのですが、刃こぼれを研いでくださると言って舞扇を持ってどこかに行ってしまいまして…。帰るまでに舞扇は戻ってくるか心配で…。」
「ああ、そういうことやな。まぁ、多分大丈夫だと思うけどな、アイツは刀のことになると本当に融通が効かんのや。出発までに間に合わんようなら家まで取りに行くしかないかもしれん。」
「そ、そうなん、ですね…。分かりました。では、戻ってくることを祈っています。鉄珍様ありがとうございました。」
深々と頭を下げるとお付きの人が診療所までの道案内をしてくれる。
再び、外に出てもやはり人の往来は全くない。
診療所までの道も誰一人と会うことなく到着できたのは感染対策的にはとても良いが、なんとなく寂しい気分にもさせられた。