第26章 君の居ない時間※
「では、皆さんもしっかり感染対策して過ごしてくださいね。」
昨日は須磨さんに号泣されてしまったが、今日は精一杯の笑顔を向けてくれる三人に申し訳なさは募るばかり。
昨日のうちに三人には予備で置いてあったアンプルを使って予防接種をして、副反応がないかも確認済みだ。
宇髄家にスペイン風邪の脅威は限りなく低くなったと思って良いが、それでも心配はある。
菌は人から人に移ることで変異するということは母から言われていて知り得ているし、このアンプルがどこまで効くか正直未知な部分もある。
それでも母の残した此れに望みを託して、自分は感染の温床に行かなければならない。
これが効かないということならば自分達の身も危ないのは明白だ。
「ほの花さん、昨日は…ごめんなさいぃ。あの、帰ってきたら豆大福買ってきますねぇ!!」
再び泣きそうな顔で須磨さんがそうやって謝る姿を後ろから雛鶴さんとまきをさんが支えてあげている。二人だって送り出すのはつらいはずなのに申し訳ない。
「わぁ!ありがとうございます!じゃあ、宇髄さんに50個頼んでおいて下さい!」
「分かりましたぁ!」
「おい、食い過ぎだし、此処にいるから直接頼め、馬鹿か。」
不貞腐れたような顔をして見下ろしてくる宇髄さんに"してやったり''な顔を向ければ頭を撫でてくれる。
この温もりも暫くお預けだと思うと抱きつきたい衝動に駆られるけど、元奥様の前だし、グッと堪えて笑顔を向ける。
「じゃ、そろそろ行きます。皆さん帰ってきたらまたご厄介になります!」
永遠の別れのわけではない。
また会える。
ゆっくりと頭を下げて、彼らに背中を向けると四人で歩き出す。
後ろ髪を引かれる鼻を啜る音が聞こえてくるけど振り向かない。
今から私たちは戦地に行くようなものなのだ。
幸せは一旦此処に置いていく。
すると音もなく、手を引っ張られると反転させられて温かい腕の中に収まった。
それが誰なのかなんて分かりきっているが、宇髄さんだと考える間もなく、上から降ってきた口づけに時間は止まった。
あんなに我慢したのに呆気なく彼はそれを突破してきてくれる。
みんな見てるのに今日だけはその唇をその場で受け入れた。
自分の活力の源だから。