第26章 君の居ない時間※
「スペイン風邪…。詳しいことは分からないが、灯里さんが物凄く感染症に長けていたのは覚えていてね。君ならばこの危機的な状況に対応できるのではないかと思ってね。」
そういってもらえるのは見に余る光栄だが、ぬか喜びなどできやしない。
この感染症に対して現時点でできることなど限られており、私からしてみたら頭が痛い。
「確かに…母は母国で感染症の研究をしていたと言っていました。母が書いた論文は全て一語一句間違えず記憶しております。」
「それならばほの花ならば必要な薬を処方できると思ってもいいかな?」
産屋敷様の言葉に私は何も言葉を返すことができない。
是も非もない。
分からないからだ。
しかし、何かを返さなければ…。私は彼の目を見てゆっくりと首を振る。
「…残念ながらそれは…難しいかもしれません。」
そこにいた全員の視線が再びこちらに向けられたのが分かったが、私は静かに俯く。
そんな私に大好きな声が再び助け舟を出してくれる。
「…特効薬がないってことか?」
宇髄さんの言葉に私は再び顔を上げると、視線を彷徨わせながらコクンと頷いた。
「おいおい、お前の母ちゃんは専門だったんだろ?何にも手立てはないのかよ。」
不死川さんが言うのも尤もだが、こればかりは医学の限界もあるし、どうすることもできない。
「勿論、直接的に効く薬でなければ薬自体は処方できます。しかし、それはあくまで対症療法であり、完治を確約した薬ではありません。」
「対症…療法?なんだよ、それはァ?」
「熱には解熱剤、胃痛には胃薬、吐き気には吐き気止めと言ったように症状に合わせた薬を処方することです。」
説明には納得してくれたようで不死川さんは何度か頷いて押し黙ってしまった。
言うべきなのか迷ったが、事実は全て伝えたほうがいいと思い、もう一度産屋敷様に向き合うと自分の知り得る情報をひとつひとつ話していくことにした。
「しかし、母も特効薬を開発途中だったので、現段階で試作品であれば私の手元に薬の調合記録があります。」
だが、これを伝えるのは喜ばせるためではない。
事実を伝えるためだけのただの情報に過ぎないのだ。