第25章 甘える勇気
急に静かになったほの花を見ると目に涙を溜めて口を噤んでいて驚いた。
「な、ど、どうしたよ?そんな泣くことのことかよ?そんなに外で呼ぶの嫌なのか?」
名前を呼べよと言っただけだと言うのに、泣くことがあるだろうか。確かに体裁を重んじるほの花からすれば、それは骨が折れることなのかもしれないが。
しかし、違うと首を振るので彼女の言葉を待つことにする。
唇を震わせてこちらを見上げる彼女の大きな瞳は涙で潤んでいて、悲しみに満ちている。
「…なんで、死ぬとか言うの?死ぬから名前で呼べよ…って言われてるみたい…に感じる…!」
そう言われてハッとした。
情交中のことは覚えていないとは言え、俺は最近いつ死んでもおかしくないと気を引き締めるようになっていた。
しかし、ほの花に言われて、後悔しないように生きると思ったのが、回り回っていつ死んでも良いようにと勝手に置き換わってしまっていることに気づく。
彼女の涙は俺を想ってのこと。
俺がこの世にいるのにそんなことを言うから。
(…酔ってても素面でも言うことは変わらねぇな。)
酔っ払いほの花と情交中の時も
"一緒に生きるから死ぬことなんて考えない"
と言っていた。
忘れていたわけではないのに、俺はまた言ってしまった。あの時のほの花は泣かなかったけど、確かに普段の彼女であればこうなるのは分かりきっているではないか。
「…ごめん。ごめんな。もう言わねぇから。ほの花に呼んでほしくてついうっかり変なこと言っちまったな。もちろんお前と添い遂げるからよ。心配すんな。一緒に生きるぞ。」
そう言えば溜まっていた涙が一筋こぼれ落ちた。
それは希望の道筋のように感じる。
こぼれ落ちた真っ直ぐの涙の道。
そこを通れば、その先には二人の未来は明るく笑顔で溢れているに違いない。
「…次、言ったら…一生、宇髄さんって呼び続ける、からね。」
「ハハッ。そりゃ、二度と言えねぇな。」
ほの花の頭を撫でると道の真ん中でも構わず彼女を抱きしめた。
自分達の温もりを確かめ合うように。