第1章 はじまりの夜
ヴァリスは慌てて視線を解いた。
「あなたも、私のことを『主様』と呼ぶんですね」
彼女はそう口にして、刹那訪れた静寂を上塗った。
みずからの指で煌めく指輪を見下ろしていると、「主様、」と彼が唇をひらく。
「私に敬語は不要でございます。私は、貴女の執事なのですから。
それと……どうか私のことは『ベリアン』とお呼びください」
「は……じ、じゃなくて、うん、わかった。
私はヴァリス・マリアドールよ」
『マリスを……私の猫を探しにいきたいの』。
そう呟くと、彼は再度唇をひらく。
「主様、貴女の愛猫は、私が必ず見つけ出します。
ですからどうか、今はお休みになられてください」
そう言って、肩に手を添えゆっくりと倒す。
マリスのことが胸のなかをいっぱいに満たして、じっとその瞳をみつめる。
「……でも」
「それ以上はお身体に障りますから、」
ロードナイトの瞳には、ただ純粋に彼女を案じる思いが映っている。
あの日の「彼」と同じいろを宿す眼差しに、
漣のような惑いが胸のなかで波紋のように広がった。
しばし見交わしたのち。
「……わかった」
根負けしたように頷いた。
「おやすみなさいませ、主様。たとえ夢のなかでも、貴女をお守りいたします」
シーツを肩まで引き上げ、そっとその手を包み込む。
うと、うと、と意識が混沌に染まる中、母の声をとらえた気がした。