第1章 はじまりの夜
すぅ、すぅ……と穏やな寝息を立てるヴァリスを柔くみつめる。
(主様……。)
初めて目にした彼女は、美しかった。
雪のように白い肌。
青灰色———銀の髪に淡い水色が混ざりあったような、稀有で艶やかな髪。
紅い血汐を透かした唇。
楚々とした儚い空気を纏った姿と立ち居振る舞い。
極め付きはあの瞳。陽に煌めく海のように、穢れのない深いふかい紺碧の色。
蝋燭の仄かな灯りに照らされ眠るその横顔は、無垢な子供のように安らかだった。
「んん……。」
わずかにひらいた水紅(とき)色の唇から、規則正しい寝息が零れている。
「っ………。」
視線を留めたまま、どうしても逸らせない。
とじた瞼の縁を灰色の長い睫が彩り、その両頬にかすかな影を作っていた。
すぅ、………すぅ。死人のように胸の前で指を組み合わせ眠るその姿。
呼吸とともにわずかに上下する胸元に置かれた指に煌めくのは件の指輪で、
その中心に嵌め込まれた涙のひと雫ほどの大きさの幽霊石に、
彼女こそがエルヴィラの言っていた「主様」なのだと悟った。
「ヴァリス様……。」
さら……と新雪のような銀の髪を指先に絡める。
艶やかな髪が、シーツの上に絨毯のごとく美しく広がっていた。
知らず持ち上げ、唇を寄せようとした時。
「主様のご様子はどうですか」
扉に寄りかかり、此方をみつめてくる影。
「ボスキくん……。」
足音を立てぬように細心の注意を払った足取りで、こちらと歩み寄ってくる。
常ならば切り裂くようなひかりを放つ眼差しが、ヴァリスを瞳を宿すことでわずかに和らいでいた。
「よくお休みになられていますよ」
彼女をみつめ、その唇が優しい弧を描く。
隣へとやって来たボスキが眠る彼女を見下ろし、ほっとしたようにその瞳を解いた。
「よかった……。顔色、だいぶ良くなってきていますね」
指を伸ばして、すり、とその頬を撫でる。
手袋に包まれた温かな指の感触に、眠ったままの彼女の唇が綻んだ。