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焦がれた恋情☩こころ☩に蜂蜜を【あくねこ長編】

第6章 惑いの往く末 前編


(……私は、)

軋む心臓に指をあて、ヴァリスはその場にしゃがみ込んだ。

そのまま、儚い肩を震わせる。



(どうして、………どうしてっ)

ぽた、ぽた、とシロツメクサの花の上に降る雫。



あの夜のことを思い出す度に、いつだって涙が止まらない。

時間は過去の痛みを浄うというけれど、ヴァリスはどうしてもそれが信じられなかった。



立ち上がりぐっと涙を拭うと、あの歌を口ずさむ。



「お眠りなさい………」ではじまるその歌は、

小さい頃に寝台で眠りにつく時に母が歌ってくれたものだ。



深く息をついて痛みを押し込める。

自分の掌を見下ろし、その指で光る金の指輪をみつめていると。



中央に嵌め込まれた幽霊石に、キラリと鈍い光が映り込んだ。



「!?」

はっとして頭上を振り仰ぐと、鈍色を放ちながら降り立ったのは。



『死になさい。命のために』

いろも光も宿さない、奈落のような瞳。

肌も髪も服装も、不吉なまでに白づくめな其の少年は。



「そんな……。どうしよう………っ」

動揺するヴァリスをよそに、天使たちは彼女へと指を伸ばしてきた。



恐怖が胸を染め上げ、思わず瞳を封じる。



『死になさい。命のために』

その指が彼女の髪に触れかけた、その刹那だった。



ザンッ! 風の凪いだ音がして、指が急速に離れていく。

そっと目をあけると、そこにいたのは。



「なぁあんた、大丈夫か?」

くしゃりとウェーブを纏った木賊(とくさ)色のくせ毛に、ユーディアライトの瞳。

ヴァリスを片腕に抱いて、その紅い瞳で見下ろしてくる。



黒地に袖口と裾にそれぞれ草木の紋様と格子の紋様の刺繍が施された羽織の下に、

青緑色に漣の紋様が入った着物を合わせている。



その両肩には鞠のチャームがついた房飾りが垂れ下がっており、

彼が動く度にゆらゆらと揺れていた。
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