第6章 惑いの往く末 前編
「あなたは……?」
その腕の温かさに少しだけ身を固くしながら問いかける。
ぽん、ぽん、と頭に軽く手を打ち付けながら、「俺は、」と唇をひらきかけた。
「っと………自己紹介はあとだな。まずはこいつらを倒さないと」
前方に睨むその双眸には、灼けるような怒りと憎悪が宿っていた。
錆びついた日本刀を手に、天使たちに切りかかっていく,
「遅いんだよ……!」
その速さに一瞬だけ怯んだ天使たちの隙を見逃さず、
次から次へと飛びかかってくる彼ら切り裂いて。
「消えろ」
後ろ背でヴァリスを庇いながら、その手のなかの刃を振るう。
凪いだ風を纏い、作り物のような翼を一掃した。
散る汗と鮮血。祈るように両の指を組み合わせ、
その背中を見守るヴァリスの白い頬に飛び散った生暖かい雫。
指を解き、掬い取るように拭うと。
「っ………!」
どろりとしていて紅いあかい液体。
拭い取った指が震えて、と同時に瞼の裏で視えたのは、見慣れぬ光景。
————純白の調度品で統一された、彼女の娘としては殺風景な一室————
————足枷を付けられた小さな脚————
————射殺すように鋭利な眼差しで睨み付ける彼の人————
————その唇は憎悪と忌避に歪んだ微笑を湛え、
冷たい指が彼女の未来を奪って………————
「っ………!」
声にならない叫び声を上げながら、ふらついた身体を抱き留めた力強い腕。
「主様……! 御無事なのか……!?」
「やめて、………どうして! 私が、………私だけが、こんな……!」
声も届かぬ様子で暴れるヴァリスの身体を、より強くその腕のなかへ囚える。
バスティンの姿を見止めていない、夢幻に沈み込んだ青玉の瞳。
何かをつかみ取るが如く、虚空を撫でた儚い指がそっと取られた。