第4章 病魔 前編
「先程の主様、いつもと御様子が違いましたね」
ナックの言葉にラムリが頷く。
「ムカつくけど、ボクも全く同じように感じたよ」
寂しそうにゆらめく瞳。
その目尻はわずかに露を湛えていて、彼も己と同一の想いを抱いているのだと悟った。
「私が御様子をみてきます」
身を翻したナックの肩に指をかける。
「ナックくん、………今は駄目ですよ」
「! ベリアンさん」
やんわりと咎められ、彼の両目をみつめる。
心の糸の綻びを探すように見返すも、その瞳は透えぬヴェールを纏っていて………。
「主様はひとりにさせてほしいと仰せなのですから」
そう口にしたが、それは半ばみずからに説き伏せているようでもあった。
「そう……ですね」
視線を解く。
もや、もやと感情の埃がその内を満たしはじめ、振り払うように瞑目した。
やがて、それぞれの仕事へと戻る一同。
けれど考えるのは彼女のことばかりで………。
(主様……。)
したたかで、けれど誰より繊細で脆い、鮮烈な炎のような少女。
心のなかでその姿を描いていると、ふと風が強くなっていることに気づいた。
窓の外では身を裂くように強い木枯らしが吹き荒れている。
(風がより強くなっているようですね)
窓枠へと指を伸ばしかけた———その時だった。
突如、硝子の破壊音が聴こえた。同じ階から響いた音である。
驚いて手を下ろしたベリアンは、急ぎ足で主の部屋へとつま先を目指す。
(主様になにか遭ったに違いありません……!)
はやる思考をくり返し上塗りながら、彼女の部屋へと駆けつけた。
コン、コンと控えめに叩扉する。
「主様、大丈夫ですか……!?」
「へ、………いきよ」
けれどその言葉とは裏腹に、やっとの思いで絞り出したような声だった。
「主様……?」
ノブを回しかける音に、「入って来ないで!」としたたかな口調で告げる。
「ごめんなさい、でもいまは一人にしてほしいの」
「主様、申し訳ありません」
そう口にしていながら、その指はノブを回していた。
(これは……!?)
そして目にした光景に愕然とした。
と同時に彼女がなぜ人払いをしていたのか、その理由を一瞬にして理解する。
ベリアンが目にしたものとは————………。