第4章 病魔 前編
「辞めたまえ。私の執務室を女人の血で汚すのか?」
その言葉に唇を噛みしめる。
「で、ですが、フィンレイ様………ッ」
「黙れ。女人の血は見たくないと言っている」
冷たい眼に見据えられ、ひゅっ………と吐息を封じる。
不満そうに唇を引き結んだのち、ゆっくりと手を下ろした。
「これが君が彼らに慕われている理由、か」
わずかな一言は彼女にはとらえることができなくて、戸惑った瞳でみつめる。
「………?」
「いや、気にしないでくれ。
呼び止めてすまなかった、今日は協力いただいて感謝する」
ふいと視線を解きながらつぶやく。
テディに目配せすると、
心得たように「本邸の門までお見送りしますね」と先導した。
「失礼します、フィンレイ様」
深々と一礼したのち、その背を追いかけていった。
静かに扉が閉まり、いくつもの足音が遠ざかっていく。
それらを確認したのち、フィンレイは薄い唇をひらいた。
「フブキの動向は?」
その言葉に瞳を冴え渡らせ、こちらを見つめる。
彼の薄い青の瞳と、みずからの黒曜の瞳との視線とが交わった。
「今のところ目立った動向はありません。ただ———」
「何だ?」
「私の放った密偵によると、日に日に悪魔執事の主への憎悪を募らせているようです」
コツ、コツ……と窓辺へと近づく。
既に中庭へと降り立った一行が、テディと何かを話している光景を見止めた。
「あの男は全く……。」
傍らの部下がつぶやく。
忌まわしげに唇をかみしめる彼を、感情の視えぬ黒曜にとらえた。
「放っておけ。彼女の為人を探るには絶好の機会だ」
中庭では、テディと楽しげに会話している彼女の姿。
綻んだ唇は美しい弧を描き、その深青の瞳は温かさをはらんでいた。
(ヴァリス・マリアドール………。)
声なき言葉で反芻する。
(私が予測していた姿とは、まるで違う少女のようだ)
稀有なる容色をもつ、儚げな空気を纏う少女。
けれどその容貌に反して、勝ち気でしたたかな内面をもつ少女。
(いずれ、あの男は何らかの命令を下すだろう)
無論、警戒を怠りはしないが………。
「引き続き、サルディス家の内部を探るように」
「かしこまりました」