第2章 寮の怪異事件
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目が覚めて、最初に思ったのは「静かすぎる」だった。
布団の横。
彼女が寝ていたはずの場所。
そこに、気配が──ない。
「……香久夜?」
毛布をめくると、そこはもぬけの殻だった。
嫌な感覚が、背筋を這い上がってくる。
まさか。
そんなはずは──でも、
「……っ」
思考よりも先に、体が動いた。
寝巻のまま、足だけ履き替えて、廊下を駆ける。
早朝。まだ誰も起きていない校内を走り回った。
寮の外。中庭。訓練場。食堂。
けど、どこにも、いない。
彼女の呪力は独特で、感知しづらい。
なんとなく感じるけれど、それは自然の中にかおる緑の匂いのようで、形が掴めない。
「……狗巻先輩!」
ちょうど通りかかった狗巻と目が合った。
すぐに彼は察したようで、足を止めた。
「香久夜が……いません。中庭にも食堂にも、いない」
「すじこ。」
狗巻先輩の眉が寄る。
それは──“まずい”の意味だ。
「呪霊の可能性も……ある」
言ったそばから、胸が冷たくなった。
昨夜の気配があってからは、何もなかったのに。
でもまさか──
俺が、気を抜いた隙に。
(何のための、俺だ。)
喉の奥が焼ける。
彼女の呪力を狙って、呪霊が現れた?
あのペンダントごと、攫って行った?
ありえない話じゃない。
昨夜、寝かせつける前。
一緒に寝て欲しい、とせがむような顔をしたような気がした。
…あの時。
「…クソッ!」
声を押し殺して、拳を握る。
悔しさか、怒りか、焦りか。
感情がぐちゃぐちゃになってた。
「探します。絶対に」
狗巻先輩がうなずく。
俺たちは分担して、校内と外の山道へ向かった。
どこにいる──香久夜。
無事でいてくれ。
その時、履いていた靴紐が、ぷちっとちぎれた。
「え、」
今までずっと履いていたのに、なんでこのタイミングで。
それは悪いことを予感させるような。
「すじこ、明太子ツナマヨ」
「あ…、水飲むついでに、そう、っすね。一回戻ります。」
狗巻先輩は俺を一度冷静にさせるためか、
部屋に戻るように促した。
俺は言われるがまま、寮の方向は踵を返した。