第2章 寮の怪異事件
「っ……クソ……!」
茂みに足を取られ、派手に転びそうになって、思わず舌打ちした。
靴が緩んで歩きにくい……くそ、落ち着け。
一度、寮に戻る。
靴を履き替えて、すぐにまた出る。それだけだ。
けど──
自分の部屋の扉を開けた瞬間、思考が真っ白になった。
「……は?」
ベッドの上。
乱れたシーツに、長い髪。
薄く開いた唇に規則正しい寝息。
静かに眠る、香久夜の姿。
見間違いじゃない。
夢でもない。
「……」
一瞬、体から力が抜けた。
足の感覚が遠のく。
膝が崩れそうになるのを、必死に耐えた。
見つかった。
……生きてた。
たったそれだけのことなのに、
自分がどれだけ安堵してるかに、うんざりするほどだった。
「……おい、香久夜」
呼びかけると、彼女はまどろみの中で目を開けた。
「……ふぇ……あれ?ここ、」
キョトンとした顔で、周りを見回してから、俺に気づく。
「……あっ、ごめんなさい、わたし、トイレ行ったとき、間違えて戻ってきちゃったみたいで」
嘘だ。
……いや、わかってる。
でも、それを突きつける気にはなれなかった。
「……はあ……」
肩の力が抜けて、ベッドの端に腰を下ろす。
俺の体を避けるように、香久夜は足を曲げた。
怒鳴りたかったはずなのに、言葉が出てこない。
けど──
「心配、させんなよ……」
それだけは、絞り出すように言った。
彼女は目を丸くして、そっと頷いた。
「……ごめんなさい」
小さく謝るその声に、罪悪感がにじんでいた。
何かを背負ってるくせに、俺には見せないその背中が、少しだけ遠く感じた。
けど、今は。
「……とりあえず、一回部屋戻れ。朝飯行くぞ。」
本当は今すぐ全部聞き出したい。
なんでいなくなったのか。何を抱えてるのか。
でも……
それは今じゃない。
俺の部屋を彼女が出て行く直前。
「もう、どっか行くなよ。次は許さねえ」
「……うん」
彼女がこくりと頷いた。