第2章 寮の怪異事件
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日が落ちるのが、今日はやけに早く感じた。
訓練のあとは、無意識に人の輪から離れていた。
誰の目も、声も、気配すらも、今は怖かった。
(感情を持つだけで、呪霊が寄ってくる……)
(じゃあ私は──)
「お風呂、入ろ」
自分の声が、やけに寂しく響いた。
湯屋には誰もいなかった。今回はちゃんと、脱衣所の鍵も閉める。
服を脱ぎながら、ペンダントに触れる。
いつもにまして熱を帯びている。
…もしこれが、呪力が、溢れ出してるってことだったら。
(誰かに近づくたびに、溜まってく……?)
(このままじゃ、私……)
静かに湯に身を沈める。
お湯が肩まで届くと、全身がようやく軽くなった気がした。
けれど、心だけはずっと重いままだ。
(伏黒くん……)
(守ってくれた。すごく、優しい人)
彼の真剣な眼差しが脳裏に焼き付いている。
まっすぐで、迷いがなくて。
──だからこそ怖い。
(でも、私のせいで怪我したら……)
(私のせいで、死んだら──)
どくん。
胸の奥が、ずしんと痛んだ。
『君は、存在してるだけで、災害になる』
指先がふやけるまで、湯の中に沈めたまま、香久夜は目を伏せた。
空を見上げると、満月がぼんやりと湯気の向こうに浮かんでいた。
(この力が……なかったら)
(最初から、誰にも会わなかったら)
(いっそ、独りで──)
その時だった。
小さく吐息をついた時、カタンと、外で何かの音がした。
(……え?)
浴室のドアの向こう。
微かに、誰かの気配がする。
(また……誰か来た?)
鍵、閉めたと思ったのに、!
顔がふわっと赤くなる。
(まさか、また誰か?)
「す、すいません!私入ってます、!」
少し声を張ってみる。
静寂。
返事は、ない。
不思議に思って、湯船を出た。
「伏黒くん?」
名前を呼びながら鏡の横を通ったとき。
ゴン。