第2章 寮の怪異事件
「……あの、着替え、ってありますか。」
一瞬の沈黙。扉越しに、伏黒の気配がピタリと止まった。
「……は?」
「お風呂、入らないで寝ちゃって。きたばっかりで、なにもなくて、着替えとか下着とか、なにも、、」
さらに沈黙が続く。
(あ……変なこと言っちゃったかな……)
言ってから気づく。男子相手に“下着がない”なんて、たぶん恥ずかしいことを口走ってる。
「あー……その、待ってろ」
返事はそれだけ。足音が遠ざかって、数分後――
ガチャ。
扉が少しだけ開いて、黒いトレーナーと短パンが差し込まれる。
「とりあえずこれ、俺の。サイズでかいけど……着れる?」
「ありがとう、助かる……!」
「風呂、案内する。ここ男子寮だから、鍵だけはちゃんとかけて」
「えっ……男子寮!?」
「五条先生も出入りしたいから女子寮に入れるわけもいかなかったらしくて。俺も最近までは一人暮らしだったし。見張り役だから、俺が隣に住んでる」
「……見張られてるんだ、私……」
「まあ、そんな感じ」
彼はあっさり言って、もう一度扉の向こうで足音を鳴らす。
「風呂場、こっち」
* * *
男子寮の廊下は朝の日差しでほんのり明るくて、けど足元の板張りは少し冷たい。
お風呂場の前で二人立ちすくむ。
「……下着、どうするんだよ」
「ない……」
「だよな」
伏黒はちょっと顔をしかめて、ため息をついた。
「……分かった。近くのコンビニで買ってくる。適当に風呂だけ入ってて。誰も来ないはずだけど……一応、鍵閉めとけよ」
彼はくるりと背を向けて、ポケットに手を突っ込む。
「サイズ……なんとなくで買ってくるから。文句言うなよ」
そう言って歩き出す後ろ姿に、彼女は思わず小さく「ありがとう」と呟いた。
伏黒は振り返らずに、小走りで走って行った。