第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
きっと杏寿郎様が一緒だったら、行ってみようって言うはず。杏寿郎様は、鬼殺にしか興味がなさそうだと思われがちだけれど、意外にも新しいものや珍しいものに興味がある。
博識で、実は読書家で、話題の引き出しもたくさんあって、お話しているととても楽しい。
ただせっかちな性分のせいか、物事を伝える事に関しては手短に簡潔にが基本のようだ。
……でも、そんな杏寿郎様が褥の中では甘くしっとりと味わうような愛を囁いてくる。
その低音を聞いた私はぐずぐずの役立たずへと成り果てる。
そして底のない幸福と快楽と沼へと落とされていくのだ。
杏寿郎様の良いところを並べていたのに、いつの間にか甘く滲んだ思いに耽ってしまったのは、通りを進むにつれて強くなるこの甘い香りのせいだと思う。
その香りにつられるように進めば、一軒の店の前で足は止まった。
「ここ…ね」
外観は、商店街に古くからあった店を居抜きで使っているようで他の店となんら変わりはない。
でも窓から見える店内は赤い絨毯が敷かれていて、洋風な装飾のなされた机や椅子が並べられている。それはあまりに綺麗で、入ることを躊躇ってしまうほど現実離れした空間だった。
この見たことのない景色に、扉に手を付けては引っ込めて、しまいにはやっぱりやめようと、身を返した。
やめておこう…杏寿郎様と一緒の時に来よう。
小心者の自分を情けないと思いつつも、一人で入る勇気もない。
くるりと踵を返すと、
「お嬢さん」
背後から柔らかい男性の声がして、振り向くとそこには碧眼の男性が立っていた。
背広を着こなし、上品に整えてられた口髭が洗練された雰囲気を醸し出している。透き通るような金髪に、白い肌、鮮やかな青の瞳。背丈は杏寿郎様と同じくらいの異国の男性。
男性は透き通る綺麗な碧眼を真っ直ぐ私に向けていた。
「私…ですか?」
「えぇ。貴女です」